忘愛症候群
だってあたし何もしてないじゃん。
「ねぇ一真って誰?」
その瞬間シン…と鎮まり返りこの場の温度が3度くらいは下がったと思う。
「愛、冗談はやめなさい」
「は?」
お母さんやっぱおかしいよ。
あたし嘘なんて一言も言ってないよ。
「冗談じゃないし」
「いい加減にしなさい!!」
いきなり怒鳴られビクッと肩が揺れて思わず目を瞑った。
意味がわからない、冗談なんかじゃないのに…“一真”何て人知らないし、あたし彼氏だっていないのになんでデートなんて行かなくちゃいけないの?
やめてよ…お母さんこそ冗談やめてよ!!
「お母さんこそいい加減にして!あたしそんな人知らない!!」
「それ、本当に言ってるの…?」
「そうだよ」
思ってることをそのまま言うとお母さんは泣きそうな顔をした。
すると、今の騒ぎで起きてしまったお父さんとお兄ちゃんがリビングに入ってきた。
お兄ちゃんは起こされたことに不機嫌さを丸出しにしている。
「どうした、朝から」
そう問うお父さんに返答したのはお母さんで、信じられないことを言った。
「この子頭を打ったのか分からないけど記憶喪失みたいで…」
記憶喪失?あたしが?
「一真くんのこと忘れてるの」
「何だと…」
「は?マジで?」
あたしがリビングという人を知らないことに対して驚くお父さんとお兄ちゃん。
どうやらあたし以外の人は“一真”という人を知ってるらしい。
お父さんは待ってろ。と言うと2階に上がって何かを手に持って戻ってきた。
「この子だ。知ってないか?覚えてないか?」と手にしているものをあたしに見せてきたのは1枚の写真。
その写真にはあたしとその隣に___カッコイイ男の子が写っていた。
「この人、カッコいいね」
「覚えてないのか?本当なのか?」
写真を見て感想を述べたらお父さんが問い詰めてきた。
「ねぇ何なの?本当に知らないってば」
お母さんもお父さんもしつこい。
何度同じことを訊かれて、同じことを答えればいいわけ。
もういいでしょ、と言って居心地の悪くなったリビングから出ようとお兄ちゃんの横を通り過ぎたら肩を掴まれ低い声で「おい」って言われた。
「一真はお前の彼氏だぞ」
お兄ちゃんもそんなこと言うんだ。
あたしは知らないっていうのに、何をどう信じろっていうの。
「部屋に行ってアルバムでも見てみろ。それから忘れてるのは一真だけかも確かめろ」
うるさい、お兄ちゃんにそう吐いて2階にある自室へと向かった。
部屋に入って本棚に入っているアルバムにそっと手を伸ばす。
いろんな友達と撮った写真が詰まっていて、ページをめくるけど忘れてる人なんていない。
ほら、やっぱりあたしは可笑しくないよ。
アルバムを見終わって本棚に戻そうとした時___あるものが視界に入りピタリと止まった。
「何これ……」
皆との思い出が詰まったアルバムの隣にあったのは『AI &KAZUMA MEMORY 』と書かれた知らないアルバム。