忘愛症候群
あたしと一真くんは同じソファーに座り、お父さん達は向かいのソファーに座った。
妙に緊張が走るこの空間、居心地がいいとは言えない。
「一真くん単刀直入に言う」
静まった中、口を開いたのはお父さんで、真剣な眼差しで隣にいる一真くんを見据えた。
「愛は君のことを忘れている」
「…え?」
お父さんのいきなりすぎる発言に一真くんは信じられないというような顔でお父さんとあたしを交互に見て戸惑っている。
「ごめんなさい。嘘じゃないの…アルバムも見たけどあなたのことだけ思い出せなかった」
「冗談言うなよ…」
苦しい表情…顔を歪めた一真くん。
「あの、病院には連れて行ったんですか?」
「いや、まだだ。さっき妻と連れて行こうと話をしていた」
お父さんの一言で記憶喪失をしてるらしいあたしは、近くにある病院に連れて行かれることになった。
皆で向かったのは市内にある大学病院。
受付を済ませ呼ばれるのを待ち「渡辺さん」と呼ばれてお母さんと2人で入った診察室。
三十路くらいの男の人が座って待っていて、第一印象はこの人院内でモテてるだろうなって思った。
まぁ、そんなことは置いておいて、あたしが本当に記憶喪失なのかを確かめなくちゃいけない。
「今日はどうされました?」
「娘がちょっとおかしくて」
お母さんの言い方にちょっとどころかかなりイラっときたけど、睨みを利かせて先生を見た。
先生は顔色1つ変えずに「おかしいとはどのように?」と次の質問をする。
これ絶対変な患者来たなとか思ってんな。
「今日彼氏とデートでしょ?って言ったらそんな約束してない、こんな彼氏知らないって言って彼氏のことだけ忘れてるんです」
今朝のことを先生に伝えたお母さん、先生は話を聞くと「なるほど」と頷いた。
「名前は愛さんか。愛さん昨日何かの拍子で頭を打ったりとかしましたか?」
「いいえ、打ったりしてません。いつも通り眠りました」
そして起きたらこの騒ぎだもん。
詳しく調べましょうと言われレントゲンを撮ったりいろんな検査をしたけど、異常なところはなくて記憶喪失ではないと先生は判断した。
記憶喪失ではないとなると一体なんなんだ?と先生を困らせてしまった。
看護婦さんも首をかしげて検査結果を見ていたし。
何か、すみません。
日を空けて何か異常や思い出したこと、分かったことがあればまた来るようにと言われ、その日は皆で食事をして帰った。