忘愛症候群
鈍器で殴られたように頭が痛くなった。
あたしだけが知らない。
どういうこと…じゃあ皆は何で知ってるの。
ていうか病院に行くって意味分かんない。
あたしどこも悪くないのに。
「行くぞ」
車のキーを手にしたお父さんがあたしに話し掛けて、動こうとしないあたしの手を引き車の中に押し入れた。
後部座席に座ると一真君って男の子も乗ってきてあたしの隣に座った。
彼も学校を休んで一緒に行く気らしい。
静寂に包まれた車はスピードを落とすことなく病院へと走っていく。
病院に着くや否や受付を済ませれば結構待つと思っていたのに、言うほど待つことなくあたしの名前が呼ばれ診察室に入っていった。
入ると椅子に座る医者にはどこか見覚えが。
「愛さんどうされました?」
「あの…あたし前にも会ってますか?」
「えぇ、一度だけ。その時は記憶を失われて来ました」
記憶を失うって…あたしが?
「その様子だと___お母さん」
「はい。また同じことが…また彼氏のことを忘れてます」
お母さんは耳を疑うようなことを口にした。
お母さんの答えに先生はそうですか、と呟いて何かを考える用にあごに手を当てた。
それにお母さんは“また彼氏のことを忘れて”と確かに言った。
ということはこれが初めてじゃないということ、そして彼氏だと思われる人物は___彼しかいない。
あの彼が本当にあたしの恋人だというのなら___…
「どうして、忘れちゃったんだろう」
ポツリ心の内にあったモノを零したら先生に「愛さん」と優しい声が聞こえ下に落としていた視線を上げた。
「先生、あたしは記憶喪失なんですか?」
「いいえ、違います」
どういうこと?記憶を失うって記憶喪失以外ないんじゃないの?
あたしは先生の言ってることが理解できない。
そして先生が告げたのは___…
「愛さん貴女は“忘愛症候群”です」
それは聞き慣れない病気の名前。
「ボウアイショウコウグン?」
復唱したのはお母さんで、お母さんもその病を知らないみたいだった。
どういう病気なんですか?と先生に聞いたお母さんに先生はこう説明した。
「忘愛症候群とは愛する人のことを忘れてしまう病気です。また愛そうとすれば、また愛する人を忘れてしまうものなんです」
愛する人だけを何度も何度も忘れてしまう。
何度記憶したって…また忘れて消えてしまう。
あたしは唖然として聞くしかなかった。
「そんなっ…なんで愛がぁっ」
お母さんはとうとう堪えきれなくなって、あたしの為に涙を流してくれた。
泣きたいはずなのに泣けないあたしの代わりに。
「先生、治す方法は…治す方法はないんですかッ!?」
先生に詰め寄るお母さんは看護師さんによって座らされる。
あたしの代わりに看護師さんが「大丈夫です。落ち着いてください」とお母さんお背中を擦りながら宥める。
「治す方法は、ないこともありませんが…」