忘愛症候群
「いい加減にしろ!」と愛の部屋にやってきて止めたのはお兄さん。
愛はお兄さんの顔を見ると安心しきった表情になり、ワンワン声を上げて泣きついた。
俺じゃない男の胸で泣く愛を見て胸が引き裂かれるように痛くなった。
見てられない。
俺はそっと部屋から出て1階に降りた。
「あ…おばさん」
階段下にいた人影、それは愛の母親でさっきと同じような悲しく苦しげな表情で俺を見た。
「ごめんなさいっ…一真君」
「謝らないでください」
おばさんは何も悪くない。
誰一人として何も悪くない。
だから…謝らないでほしい。
「でも、なんで拒絶なんか…」
もしかして…
「これも病気のせいですか?」
「そう、なの。…この前先生に言われたんだけど…伝えなくて、ごめんなさいっ」
これ以上辛い思いさせたくなかったから…でも、そのせいで余計辛い思いさせて本当ごめんなさい。
と、おばさんは深々と頭を下げて謝った。
何度も何度も「ごめんなさい」と。
「もう謝らないでください。俺は大丈夫ですから」
「そんなわけッ…」
「今日は、帰ります」
この家にいるのが耐えられなかった。
いつもなら…前までなら居心地のいい場所だったのに、あの日を境に一変した。
俺はおばさんの声を右から左へと聞き流し、魂が抜けたようにぼーっとする頭で怠くてしょうがない体で学校へと向かった。
「おまっ、どうした?顔色悪すぎだろッ」
「ケン…」
学校に着くとばったり下駄箱でケンと会ってしまった。
隣にトモカがいないところを見ると、今日は一緒に登校してきてないらしい。
朝から酷い顔をこれ以上みられたくなくて「なんでもねぇ」と背を向ければ肩を掴まれた。
「待てよ。この世の終わりみてぇな顔してんのに何でもないわけないだろ」
「なんでも___」
「なくねぇ」
俺の言葉に被せて言ったケンに俺は簡単に負けた。
「昼言う。だから今は放っておいてくれ」
今の俺は自分でも分からないくらい弱っていた。
俺の思いが伝わったのかケンは渋々「分かった」と答えて肩から手を放してくれた。
何も阻むものがなくなり再び歩き出した。
火曜室に入ってからもどん底に落ちた気持ちは上がらず、泣きそうになる気持ちを押さえて机にずっと突っ伏してた。
「……………ずま、お……ろ」
…んだよ、聞こえねーよ。
「…い。起きろ、一真。おい」
しつこい。もう少しくらい寝かせろ。
「起きろ」
「…うるせぇ」
しつこい声のせいで起きれば起こしていた犯人はケンだった。
トモカもいるのか。
ふと2人の手にある物に目を移せば。
もう昼らしく、体は言うまでもなく怠い。
頭は痛いし、眠りすぎた。
眠りすぎてズキズキと痛む頭を押さえながら、自分の弁当を手に人気の少ない中庭へと向かった。
「……」
「……で、何があったんだよ」
会話もなく途中まで食べ終えていたらケンが痺れを切らし朝のことを突っ込んできた。
覚えてたのか、昼に話すって言ったしな。
別に覚えてなくてよかったのに。