忘愛症候群
一真という人から手紙が届き始めて4ヶ月が経ち、6ヶ月がたち___8ヶ月になった。
あっという間に秋も冬も春も過ぎ、高校3年生になったあたしだけど…あたしは一真という人が誰で、どういう人なのかよく分からないし知らない。
だけど周りにいる人は皆カッコよくて、頭がよくて、それでいてスポーツもできるし人気者で羨ましい彼氏だと口を揃えて言う。
そんなこと言われても、困る…知らないんだもん。
皆がそうだといってもあたしには記憶がないから、家に届く手紙も含め“一真”という人が怖い人なんだとしか思えない。
あたしは“忘愛症候群”という10億人に1人の確率でしかかからない珍しい病気らしく、愛する人を何度も何度も忘れてしまうし、拒絶反応もしてしまうらしい。
忘れているとすれば、あたし以外の人が彼のことを知っているのも納得がいくし、何故か彼から届く手紙さえも拒絶してしまうのも納得がいく。
愛している人を忘れ続ける病気か…。
自分じゃ自覚なんてないけどお母さん曰く、半年間手紙が届いている間にも一真という人のことを忘れてしまったことがあるらしい。
「一真」
彼氏らしい人の名前を呼んでみるもピンとこない。
「はぁ…」
やるせない気持ちを胸に、溜め息を吐いて部屋を出てリビングへと向かった。
「愛、夏休みだからってダラダラしないでちょうだい」
リビングに入るなりお母さんによって言われた一言。
カレンダーに視線を移せば8月5日。
とっくのとっくに夏休みには突入していて、今年の夏は去年よりも熱く、肌がジリジリと焼けるように痛い。
溶けてなくなってしまうんじゃないかってくらい暑い。
「暑くて死にそー」
「こんぐらいの暑さじゃ死にません」
なんてツッコミを入れられた。
ですがお母様、この暑さは異常ですって。
ほらほら、テレビに映るアナウンサーだって今年の夏は異常な暑さとなっておりますって全国民にお伝えしているじゃんか。
と思いながら強のボタンを押して扇風機を独り占め。
「うぁ~、我々ハ宇宙人ダ」なんて昔やった遊びをやってみて、またお母さんに小言を言われたり。
テレビのチャンネルを変えても面白いと思える番組なんてやっていなくて、男女のドロドロ恋愛の昼ドラがやっている。
なんてことだ、もうお昼だなんて。
どうりでお腹が空くわけだ。