忘愛症候群
「お腹空いたー。冷やし中華ぁ、冷やしそーめん、冷やしうーどーんーっ」
娘のひもじー声を聞いたお母さんは「五月蝿い。しつこい」と言いつつ、テーブルにどんっと何かを置いた。
扇風機から離れて近づいてみると、今日のお昼はめちゃくちゃ美味しそうな冷やしうどんだった。
コシのありそうな光り輝く白が私を求めている。
「うどん!いただきまーす!」
好物であるうどんをつゆに浸して、ズズズと音をたてながら口に運ぶと、トゥルンとした歯ごたえあるうどんを噛みしめる。
「~っ、美味しい!」
うどんを食べただけで機嫌よくなるし、幸せになれるくらい単純馬鹿だけどこれは美味しいね。
ぶっかけうどんやキツネうどん、そのほかにこだわりのあるうどんも好きだけど、やっぱりシンプルにつゆで食べるうどんが最高だね。
めちゃくそ美味しい。これで涼しくなったなんてことないけど、生き返った。
「んぅ~」と唸ってはまた音をたてて口に運んで噛みしめてを繰り返して…気づいたら完食していて、お腹もあたしも大満足していた。
「ごちそーさま」
日本人らしく胸の前で手を合わせて言えば、お母さんがなにやら真剣な顔で近づいてあたしの向かい側に座った。
「何?」
そんな怖い顔してどうしたの。
これは良い予感が1つもしないうえに、嫌な予感しかしない。
「愛、これ…」
お母さんはいつも届けられる白い封筒をあたしに差し出す。
「いらない」
いつもいつも。
「愛、お願いっ」
懇願するようにそういう。
「いらないってば!捨ててよ!」
中なんて見なくても分かってる。
誰かさんがこれを書いて届けに来てるなんて知ってる。
毎日毎日届けられる手紙。
一度だって読んだことはないし、読もうとも思わない。
最初の頃毎日届けられるそれに同情して、何度か読んであげようと試みたことはある。
だけど無理だった…読まないんじゃない、読めなかった。
触れようとすれば何か恐ろしいものが頭をよぎるし、頭が締め付けられたように痛くなる。
本能がすべて忘れた方がいいって言ってるんだ。
忘れたままの方が幸せなのかもしれないって…。
だから、あたしは思い出さない。
「出掛ける」
お母さんにそう伝えて手紙から逃げるようにリビングを出たあたしは、部屋に戻り出かける準備をして玄関でお気に入りの靴を履いて家を出た。
ドアが閉まる直前、お母さんが呼び止める声が聞こえたけど、それを無視してトモカの家へと向かった。