忘愛症候群
「あーい」
愛しく呼んで、見つめて。
「俺は愛が好きだよ。拒絶されても諦めないし、離れない」
いつだって全力で“好き”を伝えてくる。
「こんなとこでっ…やめてよ…」
「愛、真っ赤」
そう言って彼は目を細めて微笑んで、シロクマのぬいぐるみでもなんでも買ってあげる、とあたしの手を引いてお土産売り場に向かった。
そこにはたくさんのお土産があって、キーホルダーやお菓子、そして大好きなシロクマのぬいぐるみが沢山ある。
逆にありすぎて迷うくらい。
うーーんと頭を悩ませてシロクマをマジマジと見つめてにらめっこ状態。
「50㎝のシロクマかシロクマのストラップかシロクマの…んん~」
唸りながら迷うあたしの傍から「全部買う?」なんて、天からの声が聞こえて勢いよく声のした方を見た。
そんなこと言ってのけたのはもちろん一真くんで、「俺が買ってあげるんだから気にしないで」というような笑み。
「えっと…こ、これがいい…」
有無を言わさない笑顔を向けられた中、あたしが頑張って決断を下したのはシロクマのストラップ。
それは女性用と男性用があって、あたしは敢えてそれを選んだ。
彼にも喜んでほしいと思いを込めて。
「これカップル専用のだけど?」
こっちじゃないの?と別のシロクマストラップを指す一真くん。
違う、違うよ。
「これがいいの」
これは半分わざとだから。
勇気を出していったあたしに一真くんは照れたように「りょーかい」と呟いて、2つのストラップを手にレジへと言ってしまった。
我ながら大胆な行動に出てしまった。
でも、これでいい。
一歩前に進めた証でもあるから。
___…ヴヴヴ、ヴヴヴ
すると、鞄にしまってあるケータイが突然震えだした。
取り出して見てみれば相手はトモカ。
そういえば2人はどこに行ったのかと今更思い出して、電話に出た。
「もしもし」
『あ、もしもし愛。まだ水族館?』
「そうだけど。ってまさか」
『私とケンは先に帰るけど、愛は一真と帰れる?』
「は!?ちょっと何言って…ごめん、それは___」
“無理”と続けようとして飲み込んだ。
トモカはどうしたの?と心配そうな声色で訊いてくる。
とりあえず頑張ってみようと意味を込めて「先に帰ってもいいよ」て言ったら「え?!」て驚かれた。
自分で訊いてきたくせになんで驚くかな。
「うそ!うそ!」と電話越しで五月蝿いトモカに「切るからね」と伝えてブチリと切った。
「電話もしかしてトモカ?」
電話を切ったと同時に戻ってきた一真くん。
トモカたちが先に帰ったことを伝えると「じゃあ俺らも帰るか」と帰路を辿ることになった。
出口を出て一度振り返り水族館を目に収めて、再び踵を返した。
水族館を後にした2人の後ろ姿。
2人のケータイにはさっき買ったばかりのシロクマのストラップがつけられていた。
その後ろ姿はまるで恋人のよう。
だけどあたしたちの別れは。
あたしたちの悲劇は。
あたしの記憶が戻るまで。
___…その時間は着々と、けどすぐそこまで迫っていることを誰も知らない。