忘愛症候群
言い返す言葉が、掛けてあげる言葉がなかった。
一真くんにこんなことを言わせてしまうなんて、なんて女なんだろう。
酷い女。
残酷な女。
最低な女。
自分の脳内でそれらがリピートされる。
「___…んね、」
「すみませーん。ん、何?」
「ううん、なんでもないよ!てか注文早いよ、もう決めちゃったの??」
“ごめんね”一真くんに向けていった謝罪の言葉は、届かなかった。
スタッフに注文をして、いい匂いが漂うと同時に楽しみに待っていたソレが姿を現した。
「やばい…」
やばいやばいやばい、これはヤバいって!
死ぬほど美味しそうなんですけど!
フワッフワすぎてこれはダメだ。
見た目だけでも人をダメにするパンケーキだ。
「お待たせしました」と目の前に置かれたパンケーキから目が離せません。
天使と言われる意味が分かる。
厚みのある、見た目からしてふわっふわなそれに乗せられたお店特製のバニラアイスがじわじわ溶けて、パンケーキを伝って大皿の上に広がっていく。
バニラアイスによって白く染められていくパンケーキのその姿は天に召されるものをお迎えに上がったよう。
パンケーキにナイフを入れ込み一口サイズに切ると、ゆっくり口の中に運んでいく。
「___…っ!!」
な、なにこれっ!?
「~っ!」
声にならない声が出るわ出るわ。
また一口、また一口と手も止まる気配がない。
ふぁ…ゆっくり落ちていくような気がする。
このまま召されてもいいような…幸せだ。
___渡辺 愛18歳、天使のパンケーキによって天に召されてしまいました。
あーやばいね。
「__ぃ…ぃ」
ここまで人をダメにするパンケーキがあったなんてね。
「__い、あい。愛」
「ふぇっ?あ、ごめん…何?」
「何って声かけても反応がなかったから」
「あー、あまの美味しさにちょっと天に召されてた」
「天に召されてたって、表現面白すぎ」
一真くんは笑いを堪えるって必死のようで、片手で口を押えてクツクツ笑ってる。
ちょいちょい一真さんよ、そんなに面白いですか。
貴方もパンケーキ食べてるけどその美味しさに召されそうになりません?
ほら、周りだってめっちゃ召されてるよ?
「じゃあ俺もそろそろ天に召されてみようかな」
「いや、そこまで食べ進めてるのに今から天に召されるの可笑しいから」
「やっぱり?」
「ほら、やっぱり全然天に召される気ない」
「でもここのパンケーキすごい美味しいよね」
「あったりまえでしょ!人をダメにするパンケーキでもあるんだから」
自信満々にそう言ったら再び「人をダメにするっ、パンケーキ__ははっ」て笑われた。
むっ、また笑われた。