忘愛症候群
「誰…これ」
「それ愛だから」
「うん。知ってるけど…」
ちょっと言ってみたかっただけだから。
「別人みたい」
鏡に映る自分を見てそう呟けば、後ろに立つ一真が「すごい綺麗だよ」と照れ死にしてしまいそうな言葉を言ってくれた。
「渡辺さん、すごくお綺麗です!」
「本物のプリンセスみたいです!」
ここのスタッフさんおだてるのが上手でらっしゃる。
「それじゃあ愛、行こうか」
「…うん」
優しい笑みを向け、男らしい手を差し伸べるその上に自分の手を載せると、キュっと優しく包み込まれた。
カツン___と撮影場所のチャペルへと踏み出したとき思い出した。
「あっ!あの!」
後ろを振り返ってあたしをここまで綺麗にしてくれた彼女たちを捉えた。
「ありがとうございましたっ…!」
こんなにも嬉しくて、幸せで、弾むような気持ちはいつ振りだろう。
お礼をして再び前を向くと、軽い足取りで向かった。
そんなあたしを微笑ましい顔で彼女たちが見送っていたなんてあたしは知らない。
「待ってたわよ一真」
「お待たせマリ姉さん」
チャペルに着いたあたしたちを待っていたのはとても綺麗な女性だった。
「初めまして愛です」
「貴女が愛ちゃん、会いたかったわ」
「愛が可愛いからっていじめないでよマリ姉さん」
ちょっ、いじめるってなんだ。
いや、でも言い換えれば可愛がられるっても言うぞ?そういうことでいいのね?
それにしてもマリお姉さん綺麗すぎて…いくつだろう。
「一真ってお姉さんいたんだね」
こんな綺麗なお姉さんがいて羨ましいな~て、思いながら訊いたあたしに返ってきたのはとんでもない事実だった。
「あ、この人は俺の母さんの姉だよ」
「…………………はい?」
あたし耳が遠くなったのかな?
可笑しくなっちゃったのかな?
はたまた聞き間違いか何か??
違うよね!?そうじゃないよね!?
「ほ、本当に!?おば____んぐっ!」
「ごめんごめん。でも愛が今言おうとした単語禁句なんだよね」
彼は言った「禁句用語と言うか、地雷用語?」と。
小さな声で教えてくれたんだけど、マリさんのことは“おばさん”と呼んではいけないらしく、昔から姉さんと呼んでいたらしい。
一度“おばさん”と呼んでみたことがあったらしいんだけど、それはそれは恐ろしい目にあったとか。
それ以来マリさんの地雷を踏まないよう一切“おばさん”と呼んではいないらしい。
だから“マリ姉さん”と呼んでいたんだと納得した。
地雷を踏もうとしたところを一真に止められていなかったらどうなっていたことか…。
絶対撮影どころじゃなくなってた。
地雷を踏まないように呼ばなくては。
そう心に決めたあたしだった。
___そしていよいよ撮影が始まった。