忘愛症候群
「はい、いきまーす。3、2、1!」
カシャカシャ___とチャペル内に響くシャッター音はこれで何度目だろう。
何度もシャッターを切られていて数えるのなんて面倒になっていた。
きっと100はゆうに超えていそうな気がしてならない。
「愛さん、顔を斜め下にして軽く微笑んでみようか」
「はい」
うぅ、さっきから笑ってばっかで表情筋が…つらたん。
ヒクヒクするわ、攣りそうだわでやばい。
___カシャカシャ
「はい、OK」
やっと終わった。
と、ほっとしたのもつかの間。
「じゃあ次は向こうに移動して撮ろう」
「えっ…」
ま、まだ撮るの!?
もう十分撮ったんじゃ…。
「愛ちゃ~ん」
「マリ、さん…なんでしょうか」
「もう十分だなんて思ってる?」
「あっははは…」
えぇ、まさにその通りです。私の表情を読み取って思ってることを見事に当ててくるなんて。
「まだまだ撮るのよ」
「うはは…了解です」
「それじゃあメイク直しをして、少し休憩したらすぐ撮影に入るわよ」
やっと休憩に入れるんだ…助かったぁ。
倒れるようにして椅子に座り込み目を瞑れば誰かが近づいてきた。
薄っすらと目を開けると誰かの靴が視界に入り、ゆっくり上に上げたらそれは想い人一真だった。
「お疲れだね」
「…ん。結構疲れるね、モデルさんってすごいなって尊敬しちゃった」
「そうだね。俺も少し疲れた、特に顔が」
「分かる。表情筋つりそう」
「ははっ、だからさっきちょっと引き攣ってたんだ」
「え、嘘」
「マジ、マジ」とまた笑った一真はあたしにしか見せない優しい瞳を向けて微笑んだ。
表情筋疲れたって言ったくせにこんな風に笑うなんて狡いな。
引き込まれる。
ずっと見ていたい。
ずっとその瞳に映っていたい。
…だけど、そんなに見てたらあたしがおかしくなっちゃいそう。
どんどん好きになってしまう。
一真色に染まってしまう。
本音はそうなりたいってのがあるんだけど、現実はそう甘くないから。
だからその瞳からこっちが目を逸らすしかない。
「……っ」
こうすればきっと照れて俯いてしまったように見えるはず。
「___ッ!?ぅにゃ!!」
つつつつつつ冷たぁ!!!
首筋がヒヤリとしたものを感じた後すぐに背筋にゾワリと凍るようなものが走った。
「ッにすんの!」
「なにって、疲れてるようだから飲み物と氷を」
それは有り難いけど、有り難くない!
やり方が有り難くなさすぎる。
キンキンに冷えた飲み物を首筋に当て、氷を背中に流すって普通やらないでしょ!?
ドレスが濡れちゃうとこだったんですけど。
危うかった、本当ギリギリだったから。