忘愛症候群
[一真side]
幸せと言えばいいのか、不幸せと言えばいいのか。
昨日、愛が初めて俺のこと忘れてから「好き」だと口にした。
嬉しかったし、幸せだった。
だけど、苦しそうに涙を流しながら「好き」だと「時間がないから」と言ったとき俺は悟ったんだ。
そして愛自身もどこか分かっていたんだ。
___明日には、また俺のことを忘れていると。
だけど俺は今日も会いに行く。
夏休み最終日だ、最後まで愛といたい。
たとえ愛が俺のことを忘れていたとしても。
「これも渡したいし」
俺の手の中にあるのは手のひらサイズの小さな白い箱で、本当は昨日渡す予定だったんだけどあの状況で渡すなんて無理だったから今日渡しに行こうと思う。
絶対俺のこと忘れてるだろうけど、何か理由をつけて渡すか…それとも。
“一真…もう一度、あたしと恋しよ…”
俺らしくはないけど強引に渡すとか…。
俺様ってキャラじゃないんだけどな。
まだ8時だけど起きてるかな?
「とりあえず病院に向かうか」
クローゼットから服を引っ張り出すとそれに着替えて病院へ向かう準備をする。
準備を終えるとキッチンに立つ母さんに「愛のところに行ってくる」と言えば心配そうな表情をして「…いってらっしゃい」と返してくれた。
玄関でスリッパから靴に履き替えると病院へ行く前に愛にあげる花を買いに花屋に向かった。
花屋では夏らしい花を選んだ。
その花を選んだ理由は夏らしいだけじゃないけど、愛がそれに気づくかどうかは賭けだからなぁ。
「気づいてくれたら嬉しいんだけど」
まぁ、俺のこと忘れてたら元も子もないか…。
気分が上がったり、かと思ったら下がったり、俺ってば愛に振り回されっぱなしだな…と手にしてる花を見つめそんなことを思った。
「あ、やばっ!赤になる」
走れば間に合うか。
点滅し始めた信号機を見て急いで走ったときふと思い出した。
そういえば今日の朝の占いで俺の星座12位、だっけ。
いつもは気にしないし信じてはいない占いだけど、今日に限っては気にしてしまい「俺の身に何かある?」なんて不吉もないことを想像してしまった。
そんなことを考えながら信号を渡り切ろうとした時だった___…
「……っ」
俺の視界に入ってきたのは、俺に向かって突っ込んでくる乗用車だった。
その瞬間ありとあらゆる記憶が蘇ったのと、その記憶がほとんど愛だったこと。
こんな時まで愛が出てくるなんて…俺、やっぱ愛のことが好きで堪らないんだな。
「ふっ…」
俺は自嘲的な笑みを零した。