忘愛症候群
「おぉ~!若いな!美人かよ!」
「先生彼氏いるんですかー??」
「結婚してるのー?」
うんうん、高校生だからこれは覚悟していたよ。
でも特別返す言葉はないからニコリと笑みをかえすだけ。
全員席についたことを確認して教壇に上がる。
1人だけ突っ伏してるけど…まぁいっか。
またあとで事ご紹介すればいいし。
「初めまして、新任教師の渡辺 愛です。これから1年間よろしくお願いします」
マニュアル通りの挨拶をしたところで別の挨拶を。
「あたしに勉強や学校に関すること以外のことは聞かないでください。プライベートはもちろん少しの干渉もお断りです。特にさっき彼氏いるの?だとか結婚してるの?だとかそういう恋愛面は本当嫌いだからやめてね」
以上です、と言い切った。
こんな言い方してつまらないだとか、批判を浴びるのは分かってるけど、過去を掘られたくないから自ら線を引く。
「それじゃあ出席とります。足立 祐くん」
大人しそうな彼が足立くん。
「井森 基樹くん」
分厚い眼鏡をかけた彼が井森くん。
「太田 誠くん」
さっき「彼氏いるんですかー?」と言っていた彼が太田くんか。
次はっと…さっきから突っ伏している彼なんだけど。
えっと名前は…えっ…。
「か、数馬 理人くん」
呼んでいるのにまだ突っ伏したままで顔を上げる気配がない。
もう一度数馬くんと呼んだら後ろの席の子が叩いて起こしてくれてる。
あの子さっき「結婚してるのー?」て言って子だ。
「おーい、おい数馬起きろ。お前呼ばれてるんだけど、お前が返事しないと次に進まないんだけど」
「ん…んー…なに」
「何じゃねーよ。さっさと起きて返事しろ数馬」
…っ、一真じゃないないって分かってるのに、「カズマ、カズマ」って耳に入ってくるたびにチクチク胸が痛む。
「ふぁぁ~」
ようやく起きたかと思えば大きな欠伸をして顔を上げた数馬 理人。
「……おはよ、先生」
「……ッ!」
息を飲むどころじゃない、呼吸を忘れるどころじゃない。
心臓が一瞬止まった、あたしの時間が一瞬止まった。
数馬 理人から目が離せなかった。
「なん、で…一真…」
それは誰にも聞こえないよう小さく小さく呟いた。