風に揺られる幾許もない灯
病院に戻ると、受付の人が笑ってこちらを向いた。

「こんにちは〜琥珀ちゃん!」

「おかえりなさい」

「ただいま!篠原さん、辻川さん」

「はい、今日もよろしくね」

そう言って辻川さんに渡されたのは帰宅証明書

……それと

すみれの柄の白い手紙だった。

「会いたがっていたわよ」

篠原さんは微笑ましそうに手紙を見つめる。

内容は

『お庭でお茶会をしませんか?』

の1言だけだった。

送り主は政治家の篠原蒼率いる篠原財閥の娘、篠原絃葉だ。

絃葉はまさに今話していた受付の篠原さんの娘でもある。

このように親しいのは親子関係でよく話すという事もあるのだが、一番は

「今日は体調大丈夫なの?」

「医師から許可を貰ったみたいね」

彼女も私と同じで重い病気を患っていて、話す機会が多かったからだ。

篠原さんは嬉しそうに顔に笑みをたたえ

「今日は沢山人が来ているの。もしかしたら、琥珀ちゃんの幼馴染もいるかもしれないわ」

「えっそうなんですか!」

「ええ、琥珀ちゃんの同級生らしい制服を着た子達の会話に名前が何度も上がったから。もしかしたらだけどね」

驚く私に辻川さんも

「よかったじゃない!なら、何かお菓子でも持っていきましょうか?あっ琥珀ちゃんのお気に入り、アップルティーをあげるわ。皆とお茶を楽しんで」

「んー私があげられるものは…」

篠原さんはそう言って仕事服のポケットをごそごそと漁る。
甘い物が好きな篠原さんは、仕事場でも持っている。
この前は

「やっっっとお昼休憩ね〜!!」

と大仕事の疲労を感じさせない満面の笑みで1箱分のマカロンを平らげていた。
それを目撃した私や看護師さんが驚き目を丸くしていたのは内緒だ。

「最近糖分の取り過ぎで少なめに持ってきていたの。今日は琥珀ちゃんの散歩だったから、大仕事を任されちゃって」

私の病気は急変する場合があるので病院では要注意人物として扱われている。
私の担当医も看護師も沢山いて、皆が私に時間を削る分留守の間は沢山の仕事を任される……という感じだ。

「確かに、最近食べる頻度落ちたな、と思っていたのに元通りになったかのように食べまくってたね…」

「あはは……だから今は蜂蜜しか持ってないわ」

「蜂蜜……?」

「これならなかなか減らないでしょう?だから蜂蜜!喉にいいし〜」

「周囲のお偉いさんにバレたら何と言われるのだろう…他人事に思えない……」

「バレなきゃいいのよ〜それに蒼は黙認しているわ」

「蒼さんはそうかもしれないけど!財閥令嬢としてもう少し危機感を持って!」

「あら〜そうかしら〜?」

財閥家と考えると完璧で堅苦しくて厳しいという印象があるが、この一家は違い、むしろのんきだ。
絃葉はここまでのんびりした性格ではないが、ぼーっと自然の景色を眺めるマイワールドの申し子である。

「まあまあ、今日は水やり頑張ったから、ついでに庭園の景色をみて癒やされて〜」

篠原さんはそう言って私に瓶に入った蜂蜜を渡した。
ただの蜂蜜かと思っていたが、ゆず味らしい。
美味しそう…

「分かりました、持っていきます!」

私はなんとなく察していた。
疾うに見破られた、癖になっている作り笑顔を見せると悲しそうな顔をする事。
たまに見せる心からの笑顔には揃って顔に笑みをたたえること。
心配をかけているのが申し訳ないと思いながら、庭園に急いだ。

まあ急いでいるとは言い難いスピードなのだが。

病気で少し走っただけで過呼吸になる。
だからゆっくり歩く事しかできない。
私の心配をしてずっと看護師はついてきていたが、庭園に医学に詳しい人達がいることと、青春とやらを子供たちだけで楽しませてあげたいという方針でひとり歩きを許された。

♔♔♔

「おまたせ、皆」

庭園に行くと、見覚えのある同じ位の歳の子が集まっていた。
あの二人が言っていた通り、いつもに比べるとかなり人が多い。
私はその大人数の中から、手紙の人物…艷やかな黒髪にすみれ色のメッシュを入れた少女を見つけた。

「絃葉…病人に運動させないで」

「え〜?いいじゃない、たまに運動しないと」

「おかえりなさい、琥珀。気分転換出来た?」

「笠木先生」

病室に戻ると、笠木先生が待っていた。

(先生がわざわざ待ってたって事は良くない知らせがあるんじゃ…)

だって、多忙な笠木先生だもん

私と世間話をする暇なんて無いし、あの子の手続きや同じ部屋の子の治療だって難しいって、、

「琥珀。聡い子だからもしかしたら察してるかもしれないけれど、単刀直入に言うわね」

「…悪い知らせですか?」

「やっぱり分かるのね」

悲しそうな表情で先生は頷いた。

私の病気の進行は、半年前から悪化し続けていた。

もちろんそんな状況で学校に行けるはずも無く、休学してからは病院が私の家同然となっていた。

「琥珀」

スウッと大きく息を吸うと、意を決したように厳しい顔で言った

「琥珀は……来年まで生きられないでしょう」
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