i -アイ-





「スーツは今準備していますから、ここで待機しましょう。」


そう指示する春日井さん。


ごめんなさい春日井さん。


「すみません、春日井さん。私は中に入りますね」


「……はい?」


鋭い視線をあたしに向ける春日井さん。


説明しようとした時、扉が開く。


そして、亮さんがあたしを見て、ふっと笑う。


「アルバイトごときがスーツ選ばせてもらえるわけないよな。」


さっきまでの雰囲気とは別物だ。


「ごときとは失礼な。」


「久遠」


あたしの物言いに、淡々としているように見えて焦りの滲んだ声であたしの名前を呼ぶ春日井さん。



「少し借りますね。スーツ届いたらお声がけ下さい」


亮さんは春日井さんに微笑み、振り下ろされた花瓶を受け流した左手であたしの腕を掴み中に引き込む。


「春日井さん、本当にすみません」


そう一言だけ伝え、あたしは亮さんに引っ張られるがままに中に入る。


亮さんは今年で39。

榛人も生きてたら39。


亮さんは、落ち着いてて男らしくて、色気がすごい。

普通ならパーティーに奥さんを連れてくるけど、奥さんは早くに亡くしている。


榛人やまりあちゃんよりもっと前に。

だから、暁に母親はいない。

それでも再婚をしないのは、亮さんが奥さんを今でも愛している証拠。




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