i -アイ-
「あとで話そう、ね?」
俺を宥めるように言う藍人。
こういう時今までは、キツく突き放すように俺を諭していたのに、今日は優しく諭す。
俺は拳を握り、何も答えずに部屋を出た。
暁さんや三國さんは、もっと歯痒いんだろうか。
自分自身を守るだけ。
本当に俺らにできるのはそれだけなのか。
「蓮坊っちゃん」
自分の部屋に戻る途中、沙知代ばぁが俺を止める。
沙知代ばぁは俺が生まれるよりだいぶ前からこの佐伯家で働いている。
母親は医者で今日は遅番。
昔から母親の代わりに俺の世話を見ていてくれたのがこの人だ。
母親とも仲が良くて、俺を可愛がってくれていた。
母親に、
「お母さんとお父さんにどれだけ酷いことを言っても、沙知代さんには絶対に言わないこと。それを守れなかったら、家から追い出すからね」
と静かに言われたことがある。
荒れていた頃も、沙知代ばぁには頭が上がらなかった。
「こちらへ」
そういって、先を歩いていく沙知代ばぁに着いていけば、親父の仕事の荷物置きになっている部屋に着いた。
躊躇なく中に入る沙知代ばぁ。
「慎様が蓮坊っちゃんに見せろと」
そういうことか。