アンブレラ
「無理して忘れなくていいんだよ」
菜穂は言った。
「忘れられないことは無理して忘れなくていいの」
俺はずっとこの言葉を忘れられないでいる。
今年も梅雨に入った。
いつの間にか息苦しくなっているような、雨の日だった。
俺にとっては代わり映えのない毎日の、一部を切り取っただけの今日。
「小田切くん、好きです」
放課後、同じクラスの女子に告白された。
名前なんだっけ…2年に進級してから2ヶ月が経つけど、思い出せない。
こんな子、教室のどこかにいたな。
それぐらいの印象。
全体的にふんわりとした雰囲気。
ややベビーフェイス。
ゆるくウェーブのかかった肩上の髪。
小柄で、少しふっくらしていて、柔らかそうで。
優しそうな子。
どこにでもいそうな子。
「私と付き合ってください」
「俺、君のことよく知らないし」
「私も小田切くんのことはよく知りません」
「それなのに付き合うの?」
「知らないけど、好きになったから」
迷いのない言い方が意外だった。
「だから、付き合ってから知ればいいんじゃないかなって思ってます」
ん?
思ったより押しが強い?
「俺、彼女と別れたばかりなんだ。まだ誰とも付き合う気が起きないし…中途半端な気持ちで他の子と付き合えない」
「中途半端でいいよ」
「小田切くんが彼女さんと別れたのは知っています。だから告白したの」
「……」
「まあまあ、お試しで。気楽に付き合ってくれませんか?」
そして、菜穂は言ったんだ。
「無理して忘れなくていいんだよ。忘れられないことは無理して忘れなくていいの」
そうやって、菜穂に手を引かれるようにして、始まった。
菜穂は言った。
「忘れられないことは無理して忘れなくていいの」
俺はずっとこの言葉を忘れられないでいる。
今年も梅雨に入った。
いつの間にか息苦しくなっているような、雨の日だった。
俺にとっては代わり映えのない毎日の、一部を切り取っただけの今日。
「小田切くん、好きです」
放課後、同じクラスの女子に告白された。
名前なんだっけ…2年に進級してから2ヶ月が経つけど、思い出せない。
こんな子、教室のどこかにいたな。
それぐらいの印象。
全体的にふんわりとした雰囲気。
ややベビーフェイス。
ゆるくウェーブのかかった肩上の髪。
小柄で、少しふっくらしていて、柔らかそうで。
優しそうな子。
どこにでもいそうな子。
「私と付き合ってください」
「俺、君のことよく知らないし」
「私も小田切くんのことはよく知りません」
「それなのに付き合うの?」
「知らないけど、好きになったから」
迷いのない言い方が意外だった。
「だから、付き合ってから知ればいいんじゃないかなって思ってます」
ん?
思ったより押しが強い?
「俺、彼女と別れたばかりなんだ。まだ誰とも付き合う気が起きないし…中途半端な気持ちで他の子と付き合えない」
「中途半端でいいよ」
「小田切くんが彼女さんと別れたのは知っています。だから告白したの」
「……」
「まあまあ、お試しで。気楽に付き合ってくれませんか?」
そして、菜穂は言ったんだ。
「無理して忘れなくていいんだよ。忘れられないことは無理して忘れなくていいの」
そうやって、菜穂に手を引かれるようにして、始まった。
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