アンブレラ
「別れよ」

そう言った亜梨紗(ありさ)の顔が頭から離れない。
軽くて、どうでもよくて、彼女にとってはもう終わっていることのような言い方だった。

4月のその日は雨だった。
春の雨は、静かで、一定で、心の隙間に少しずつ影のようなものを染み込ませる。

放課後、学校の近くのファミレスは混んでいた。

俺はしばらく亜梨紗を見つめた。
何を言われたのか理解できなかった。

「別れて、真一(しんいち)
俺の鈍さに苛ついたように、亜梨紗は言った。 

その途端、背中がざわっとしたものに撫でられ、周囲の音が遠ざかる感覚に襲われた。
「どうして?」

「2年になってクラスが変わったから?」
「違うよ」
「俺があまり連絡しないから?」
「違うって」

亜梨紗はアイスコーヒーのストローを、マネキンのように白くて細い指でもてあそぶ。

「真一さ、あたしのことそんなに好きじゃないでしょ。あたしが告白したから付き合っただけだよね。最初は、まぁいいかーって思ってたけど、だんだん嫌になっちゃったのよ。自分でもどうしてかわからないけどね」

自分でもわからない?
それは、心から思ってるということ。
違うかな。

「真一は悪くないよ。自分では自覚ないだろうけどカッコいいほうだし、口数が多いほうじゃないけど、あたしのこと気遣ってくれてるのわかってたし。真一は普通に優しいよ」

優しくするよ。
気遣いもするよ。
どうしてだと思う?

言葉が出なかった。

「真一は強いから大丈夫よ。今までありがとね」

別れる時の常套句。
いつもの亜梨紗なら言わないだろう。
つまらない女だと、少しでも俺に幻滅してほしかったのかもしれない。
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