アンブレラ
岩澤大樹は有名人だ。
亜梨紗と同じ種類の人間だ。
まず目を惹くのはそのスタイルで、モデルのように背が高く、体格もいい。
人好きする精悍な顔立ち。
屈託がなく、男にも女にも優しくて、冗談も面白い。人を悪く言わない。
バスケ部のエースで、次期キャプテンと言われている。
朝、どこかで会えば、必ず岩澤のほうから挨拶してくる。同じクラスというだけで、特に親しくもないのに。
いい奴だなって思っていた。
「この間、少し話したけど…」
亜梨紗は岩澤と目を合わせてから、俺を見た。
「私、大樹と付き合うことになったから」
「良かったな」
笑えているだろうか、俺は。
岩澤のことを亜梨紗は「大樹」と名前で呼んだ。
俺の時も亜梨紗は付き合ってすぐに「真一」と名前で呼んだ。
それは亜梨紗なりの相手に心を許す表現なのかもしれない。
「小田切、ごめん」
岩澤が言った。
「白崎と付き合うようになったこと、小田切に言えなかった」
「別に言わなくていいだろ。岩澤は悪くないよ」
「俺から言ったんだ、付き合ってほしいって。俺は1年の時から白崎のことが好きだった」
訊いてもいないのに岩澤は言った。
亜梨紗を庇っているつもりか。
そういえば、すごくモテるのに、岩澤に彼女がいるという話は聞いたことがなかった。
ずっと亜梨紗を想っていたのか。
本当は俺のことが憎かっただろう。
他の男に嫉妬するという感情を、俺も亜梨紗から教わったから。
岩澤は、回ってきた好機を見逃さずに行動した。
こうして見ていても似合っている2人。
でもそれは当たり前のことではなくて、岩澤だけではなく亜梨紗も努力して成立しているのだろう。
岩澤の正直でストレートな性格に、天邪鬼な亜梨紗が惹かれたのはわかる気がした。
「橘さんとは初めて話すよね」
亜梨紗が言った。
「うん。はじめまして」
「橘さん、噂になっちゃって大変だったね。でも、言わせておけばいいのよ、暇な人達が騒いでるだけなんだから」
「……」
「真一って難しいでしょ。無口だし、何考えてるかわからないし、メールも素っ気ないし」
「おい、悪口になってるぞ」
「本当のことでしょ」
亜梨紗はまったく怯まない。
少し尖った赤い唇が憎らしかった。
その赤は亜梨紗の持っている傘の色と同じだった。
その時だった。
あはは、と菜穂は笑った。
今までに聞いたことのないような、幼くて、乾いた笑い声だった。
口元を手で隠して、笑い続ける。
「橘、おい…」
俺が止めても、菜穂は止まらない。
笑っているけれど、きっと、菜穂は怒っている。
亜梨紗と岩澤に怒っている。
自分勝手に怒っている。
亜梨紗と岩澤は、悪事がバレた子どものような目で、菜穂を見ていた。
ひとしきり笑うと、菜穂はどこか諦めたように、ふうっと息を吐いた。冷静さを取り戻していた。
そして、俺を見た。
「小田切くん、帰ろう」
「あ、ああ…」
菜穂は亜梨紗のことも岩澤のことも見なかった。
菜穂は俺のことを守ったのだ。
それだけはわかった。
亜梨紗と同じ種類の人間だ。
まず目を惹くのはそのスタイルで、モデルのように背が高く、体格もいい。
人好きする精悍な顔立ち。
屈託がなく、男にも女にも優しくて、冗談も面白い。人を悪く言わない。
バスケ部のエースで、次期キャプテンと言われている。
朝、どこかで会えば、必ず岩澤のほうから挨拶してくる。同じクラスというだけで、特に親しくもないのに。
いい奴だなって思っていた。
「この間、少し話したけど…」
亜梨紗は岩澤と目を合わせてから、俺を見た。
「私、大樹と付き合うことになったから」
「良かったな」
笑えているだろうか、俺は。
岩澤のことを亜梨紗は「大樹」と名前で呼んだ。
俺の時も亜梨紗は付き合ってすぐに「真一」と名前で呼んだ。
それは亜梨紗なりの相手に心を許す表現なのかもしれない。
「小田切、ごめん」
岩澤が言った。
「白崎と付き合うようになったこと、小田切に言えなかった」
「別に言わなくていいだろ。岩澤は悪くないよ」
「俺から言ったんだ、付き合ってほしいって。俺は1年の時から白崎のことが好きだった」
訊いてもいないのに岩澤は言った。
亜梨紗を庇っているつもりか。
そういえば、すごくモテるのに、岩澤に彼女がいるという話は聞いたことがなかった。
ずっと亜梨紗を想っていたのか。
本当は俺のことが憎かっただろう。
他の男に嫉妬するという感情を、俺も亜梨紗から教わったから。
岩澤は、回ってきた好機を見逃さずに行動した。
こうして見ていても似合っている2人。
でもそれは当たり前のことではなくて、岩澤だけではなく亜梨紗も努力して成立しているのだろう。
岩澤の正直でストレートな性格に、天邪鬼な亜梨紗が惹かれたのはわかる気がした。
「橘さんとは初めて話すよね」
亜梨紗が言った。
「うん。はじめまして」
「橘さん、噂になっちゃって大変だったね。でも、言わせておけばいいのよ、暇な人達が騒いでるだけなんだから」
「……」
「真一って難しいでしょ。無口だし、何考えてるかわからないし、メールも素っ気ないし」
「おい、悪口になってるぞ」
「本当のことでしょ」
亜梨紗はまったく怯まない。
少し尖った赤い唇が憎らしかった。
その赤は亜梨紗の持っている傘の色と同じだった。
その時だった。
あはは、と菜穂は笑った。
今までに聞いたことのないような、幼くて、乾いた笑い声だった。
口元を手で隠して、笑い続ける。
「橘、おい…」
俺が止めても、菜穂は止まらない。
笑っているけれど、きっと、菜穂は怒っている。
亜梨紗と岩澤に怒っている。
自分勝手に怒っている。
亜梨紗と岩澤は、悪事がバレた子どものような目で、菜穂を見ていた。
ひとしきり笑うと、菜穂はどこか諦めたように、ふうっと息を吐いた。冷静さを取り戻していた。
そして、俺を見た。
「小田切くん、帰ろう」
「あ、ああ…」
菜穂は亜梨紗のことも岩澤のことも見なかった。
菜穂は俺のことを守ったのだ。
それだけはわかった。