アンブレラ
上板橋駅に着くと、菜穂は待っていた。

菜穂はどこかおぼつかない表情だった。
まばたきが多く、それを落ち着かせるように、ふうっと息をついたのがわかった。

そして、やっと俺に気づき、破顔した。

「お掃除、お疲れ様」
「待たせてごめん。寒かっただろ」
「全然大丈夫。来てくれてありがとう」
「? 約束したんだから当然だろ」
「そっか」

なぜか菜穂は顔を赤らめる。

「小田切くんの最寄駅はどこ?私は…」
「その前にちょっと訊きたいんだけど」
「なに?」
「どうしてここなの?」

「どうして学校から一緒に帰らないの?」

本当はわかっていた。
ただそのことを、菜穂に言わせたかった。

「それは…」
パスケースを持った菜穂の手が、力なく落ちる。
「それは小田切くん嫌がるかなって。白崎さんの次が私じゃ、小田切くんが恥ずかしいでしょ」

「なんだよそれ。橘が言ったんだろ。お試しでいいからって。あの時の勢いはなんだったの?」

どうして俺は橘菜穂を責めているのだろう。
付き合い始めてから、彼氏らしいことはひとつもしていないのに。

「小田切くんはいいの?」
顔を上げて、菜穂は言った。
今まで見たことのない、真剣な目だった。
「学校で話しかけたり、堂々と一緒に帰ったり、お休みの日にデートに誘ったりしていいの?」

「…いいよ」
俺の返事は遅れた。
苛立ちに任せて菜穂を責めたけれど、俺自身、まだ覚悟ができていなかった。
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