緑夏の一日
 ある日、目の光彩が黒い男がいた。昔、一対の仏がいて、阿と行と言った。南無の脇侍で美しい女だった。
 名を、杖と言った。美貌のふたごで、南無を慕って付いて来る最中絡まり合い南無の洋服の柄になって仕舞ったのだ。
 いつしか二人は緑夏となり化けて出た。懐かしい話をした。それだけの話。子を持ち、美しい女だった。 
 美貌で、日本人らしい顔をしていた。目の光が緑、早生の香りがしていた。
 何故絡まった杖の服を着ていたの?我が子に着せたり、愛する男に着せたいと言っただけだ。この身の深く罪業を、思わせたと言う。何故だ。
 泣くのは、前生、彼と僧となり名を馳せた。旅をして、子を孕み、仏だったと言う。仏顔の日本人の祖は、緑夏こと南無阿弥陀仏だと聴く。
 五千人いて、みなエメラルドをさんざめかせた。蛇ー、なのかそれは、美貌ー、なのかそれはー、名を、五千仏と言った。緑夏はそれはそれは美しかったと言う。
 永遠の世界では、先祖だと言う。その仏の名は仏王にももとり、緑夏の心に響いた。人の心の美しさを司る五仏、または面白さを司る五仏、世界は広かった。
 して、緑夏は子供の時実は自分は女ですと名乗りたかったそうだ。子を持ち緑と名付けたそうだ。一人で子供を作りました。実を言うと緑夏は天啓で天使と子を作った。
 仏の子は、そんなにも珍しかったと言う。今も時々はいて、その仏面は、みなに愛され続けているそうだ。
 昔、男だった頃は、と前置きをして、人様に教えを馳せさせた物だ。その俺は、まるで美しく女ですと名乗った物だ。懐かしい話、みな救いを求めていた物だ。
 子供の頃の緑夏は、それはそれは端正だったそうだ。天泉で目覚めた緑夏は、永遠の寿命を持っていて、五十億生きようと若い儘、南無阿弥陀仏だ。
 全てを司っている神で、何と多くの仏だそうだ。その蛇は女で、南無の虜だそうだ。今も、永久でもだそうだ。そんな南無阿弥陀仏は、今も多くの仏を示唆するそうだ。幼児名は、緑夏とも言ったそうだ。
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