王女ちゃんの執事3『き・eye』男の娘、はじめます。

一海(ひとみ)さん、今日はありがとでした」
 跳ねるように軽やかに電車を降りた虎は、なにも知らない。
 町田が見たもの、おれが知ったもの。
 誰だ。
 おまえを【ダメ色】にする、おまえを死にたいほど絶望させるやつは。
 町田はおれたちがホームを歩き出すと、見るからに憔悴した様子で手すりにすがった。
 (わり)ぃ、町田。ほんとごめん。
 町田を乗せて走り去る電車に向かって、心から謝るけど。
 この世に本当に不思議現象があるというのなら、こういう気持ちをこそ相手に届けられるシステムをおれらによこせや、王女さん。
 おれは町田をまた巻きこんじまった。
 あいつは逃げないともう知っているのに。

「兄ちゃん、ありがとね。おれ…全然気づかなかったのに――。おれ、兄ちゃんには話せばよかった。おれ……」
「…………」
 ひとりで聞いていたら、おれはきっとうろたえて。
 おまえを悲しませたに決まっているから、礼なんて言ってくれるな。
「おれ、もっと聞いてもらいたい。もっと兄ちゃんと話したい。でも……」
「うん」
 わかってる。
 町田がわからせてくれた。
 おまえにはまだ、おれに言えないなにかがあること。
 おまえを苦しめているのはその、なにか、だということ。
「おれ、好きだよ。兄ちゃんが一番好き」
「…………」
 はにかむ虎に真っすぐに見上げられて。
 知らなければよかったと思うおれは、やっぱりおまえの兄貴だな、虎。
 へたれだ。
 なさけねえ。
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