夕日を纏わば衷に綻ぶ
シャットアウト・イノセンス
「あの、これ」
会計用のトレイの横に差し出された紙。
そこに書かれた数字の羅列と細くて長い指に視線を奪われたままの私に、黒髪の彼は「気が向いたらで、いいので」と控えめに一言だけ添えた。
「ありがとうございましたー」
店長の声に背を向けて彼が店を出る。カランカラン…という扉の開閉によって響く音が店内の空気に溶けてゆく。
残された私は、数秒間レジで固まったまま動けなくなった。
トレイの横に置かれたままのルーズリーフの端切れ。そこには彼の携帯番号だと思われる数字と、彼の名前だと思われる漢字が書かれてあった。
─── 天堂 夕陽
ご丁寧にフリガナまで振ってある。
てんどう ゆうひ。
先程の彼によく似合う名前だった。
こんなふうに間接的なナンパ……と言って良いのか分からないけれど、そのような類を受けるのは初めてだったので、どうしていいか分からないというのが正直な気持ちだった。
この紙切れは貰っておくべきなのか。連絡するべきなのか。それとも相手にはせず破棄するべきなのか。
なにが正解かは、あまりよく分かっていなかった。
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