夕日を纏わば衷に綻ぶ
私のバイト先は、この街では隠れ人気のある喫茶店だった。
店長の橋下さんは40代半ばの優しそうな見た目のおじさん。元々橋下さんのお父さんが始めた喫茶店で、8年前に橋下さんが継いだらしい。
私がこの店で働くのは今年で2年目。
高校時代からこの喫茶店の趣ある雰囲気がとても気に入っていたので、大学に入ってすぐアルバイト募集に食いついたのである。
有難いことに橋下さんは私の顔を把握していたらしく、面接に向かうと「いつも来てくれてる子かぁ!採用!」と、目を合わせて3秒で採用が決定したのだった。
「綺瑛ちゃん、どしたぁ?」
「……笠松さん」
「んん?なーにその紙、……あれ、これさっきのイケメンくんからのナンパ?」
4つ年上の笠松さんは現在フリーターで、フルタイムでこの店で働いている女性だった。
歳がそこまで遠く離れている訳でもないので、学校や私生活のことでの悩みを聞いてもらうこともしばしばあった。
レジで固まったまま動けなくなっていた私に気付いたらしく、歩み寄ってきてはトレイの横に置かれたままの紙を見て「綺瑛ちゃんに惚れる気持ちわかるわぁ」と、よく分からない日本語を紡がれた。
「やっぱりこれってそういうあれですか」
「そういうあれだと思ったよ私は」
「そういう…あれですか……」
そういうあれ。
何もかも曖昧な表現だったのに、笠松さんには伝わっていたらしい。
2年目にして初めての"そういうあれ"に、私は戸惑いを隠しきれずにいる。