やっぱり彼女は溺愛されていることを知らない
「大野」

 私は一瞬びくりとし、声の主へと顔を向ける。むすっとした三浦部長がおいでおいでと私を手招きしていた。

 さっきの電話の怒りがまだ残っているのだろう、耳まで赤くなっている。

 勘弁して欲しい。

 しかし、上司をシカトできるほど私は図太くない。

 逃げ出したいほど嫌だがそれを悟られぬよう腐心しつつ立ち上がった。

 自分の席から三浦部長のデスクまでがやけに遠く感じられる。

 一体私はどんなミスをしでかしてしまったのだろう。

 ずうんと心に鉛を乗せられたような気分になる。別に怒られると決まった訳ではないが私にとってこの道のりは処刑台に続くそれと大差なかった。
 
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