転生悪役令嬢のお目付役

 緊張を紛らわすために、王宮の庭園を散策する。
 高貴な香り漂う薔薇が咲き乱れ、美しさに心も安らぐ気がする。

 不意に人の声が聞こえ、茂みに身を潜める。

「どうしたんだい。そんなところに隠れていないで、出ておいで」

 今の状況を言い当てられドキリとするけれど、話しかけている相手は私では無さそうだ。視線は別の方向へ注がれている。

 文字通りの猫撫で声は、背の低い植え込みの下にいる猫に向かって発せられたもの。それなのに、甘い声色と柔らかい表情はこちらの胸を跳ねさせる。

 自分の目を疑う。だって、その声の主はフィリップ王子その人だ。

 不遜で尊大で、胸の内を決して明かさない。どんな麗しの姫君が笑いかけようと、眉ひとつ動かさない。不落の王子。

 そんな彼が今、猫に懐柔され、完全に頬を緩めている。

「あっ。待たないか」

 警戒心の高い猫がサッと彼の手を逃れ、私の方へと駆けてくる。
 なにもこっちに来なくてもいいのにと、恨めしく思っていると、猫は私のドレスに体を擦り寄せる。
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