ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
Chapter1☂︎*̣̩・゚。・゚
◇◆◇


「あれ、直島さんもう帰っちゃうの?」


 居酒屋の長テーブルの端の方にこっそり座っていた私がお金を置いて立ち上がると、それを目ざとく見つけた同級生の一人が不満げな声を上げた。
 盛り上がっているところをバレずに抜け出すはずだったのだが。失敗した。


「明日、早いから」

「ええ!?でもまだ来て三十分ちょっとだよ?」

「ごめん」

「そんなこと言わないでさあ、もうちょっと飲もうよ、ね?」


 十人近くいるこのメンバーの中に、大学ではほとんど話したことがないような私がいたところで、彼女に何のメリットがあるのか。
 私がいようがいまいが、この飲み会は同じように盛り上がるのは確かだ。何故なら私は空気になることに徹しているから。


「まあまあ、許してやってくれ。夏怜(かれん)、昨日徹夜でレポート仕上げてたんだろ?ゆっくり休めよ」


 このメンバーの中で唯一普段から親交のある男子が、見かねてそう口を挟んでくれた。
 ありがとう長谷(はせ)。今度お金に余裕ができたら学食のラーメンでも奢ることにしよう。

 「じゃあまた」と軽く手を振りその場を去る。


「直島さんって何か暗いってゆーかさー?いや、暗いというよりお高くまとまってる感じなのかなー?あなたたちとは違うのよ……みたいな?」

「そんなことねえよ。夏怜はちょっと口下手で感情表現が下手なだけだろ」

「ふふーん。直島さんのことになると必死ですなあ長谷くんは。このこのー」

「やめろよ、そんなんじゃねぇって」


 後ろからそんな会話がされている。ガヤガヤした店内で、抑え目の声でしゃべっているから聞こえないと思っているのかもしれないが、残念ながらバッチリ聞こえている。


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