ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
……意味がわからない。この人何を言ってるんだろう?
当然私はそんな連絡誰にもした覚えがない。それに彼、また私の名前を言った。今度こそ聞き間違いじゃない。
「足りるどころか多すぎるけど……それよりあんたは……」
「ああ、すみません。申し遅れました。僕はこういう者です」
彼はサッと名刺らしき物を取り出して大家さんに渡す。大家さんはそれを見て納得したように頷いたけれど、私からは見えない。
無理やりのぞきこもうとしても、彼はその邪魔をするように大家さんに近づき、私に聞こえないような小声で何かを伝えた。
二人で私に聞こえない声でしばらく会話をした後、男性は振り返って私に笑いかけた。
「じゃあ、せっかく来たしお茶でもしようか夏怜」
「はあ……」
彼は私の手をギュッと握り、「では失礼します」と大家さんに向かって言ってからその手を引く。
「ちょっ、待って」
呆気にとられ、しばらく何も言えず彼について行っていた私は、大家さんの部屋が見えなくなった辺りでようやく彼に声をかけた。
「ん?」
「何なんですか?」
「何って?家賃払えなくて困ってたんでしょ?」
「そうですけど、どうしてあなたが?というか、そもそも誰かと間違えていませんか?」
「間違えてないよ、直島夏怜ちゃん。君に会いに来たんだ」
「……何で私の名前を?」
「知ってるのは名前だけじゃない。青藤大学美術学科服飾コースの二年。実家はここから電車で片道四時間ぐらいのところにある小さな商店街の呉服屋。今はバイトを掛け持ちしながら勉強してる。あとは……」
指折り数えながらペラペラと私の情報を言っていく彼。恐ろしいことに全て当たっている。