ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「ちなみに、君のアパートの大家さんに渡した名刺はこっち」
彼──市ヶ谷さんは、そう言ってまた別の名刺を取り出した。そういえば、大家さんはこの肩書きを見て全然驚いていなかったな。
そう思いながらもう一つの名刺を見て、今度は別の衝撃を受けた。
「直島冬弥……って兄さんの名前……。え?偽装!?」
「もしものためにお兄さんの名前を拝借して偽物の名刺も作っておいたんだ」
ではつまり大家さんには、お金がない私のもとに、連絡を受けて兄が来たというように見えたのか。
というか本当に、何でそんなに私の個人情報を知っているんだ。兄の名前まで知られているとは。
しかしそれを問い詰める前に、もう一つ当然の疑惑が浮上する。
「まさか、こっちの市ヶ谷さんの名刺も偽装ってことは?」
「いやいや、それは正真正銘本物の名刺だよ。あ、そうかなら一応免許証も見せておくよ」
提示された運転免許証には、確かに名刺と同じ名前と、目の前にいる人の顔写真がある。というか免許証の顔写真でこんなに写真写り良い人いるんだ。美形ってすごいな。
「あとはそうだな……会社のホームページを調べれば、会社の概要欄にも写真があると思う」
もう本人に間違いないのはわかったものの、私は気になって“ICHIGAYA”のホームページをスマホで検索する。
会社案内をタップして責任者の挨拶を見てみると、五十過ぎぐらいの社長の下に、市ヶ谷さんの名前と写真、長々とした挨拶が書いてあった。
こちらの写真は、ファッション雑誌のどこかのページに載っていても全く違和感のないような写りである。でもってその実物が目の前にいるのだから、目の前に芸能人が現れたかのような気分だ。
「わあ……まじか……」