ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「騙された気分」
「父さんに認めてもらうためデザイン案を一緒に考えてくれるとか、話す内容を考えておくだとか、やる気出してくれてたからつい言いそびれて」
ごめん、と謝られれば、それ以上責めることもできない。私が早とちりしたのも事実だ。
ハルさんのお父さんは、また柔らかく微笑んで言う。
「でも、夏怜さんの意思が聞けて良かった。あなたは、自分は話相手になることぐらいしかできないと言っていたが、十分だ。晴仁がここ最近、親のわたしでも見たことがないほど生き生きとしている。それは明らかに夏怜さんのおかげだろう」
「私は何も……」
「晴仁の隣にいるための努力を惜しまないとのことだが、むしろこいつの隣にいてやってくれ、とわたしからお願いしたい。“ICHIGAYA”の次期社長があなたに捨てられ腑抜けになるというのは避けたいのでね」
「……はい」
「前の婚約者にも捨てられたようなやつだが、よろしく頼むよ」
お父さんにまた頭を下げられ、私はもう一度「はい」と返事をする。
「父さん、別に澪には捨てられたわけじゃないからね?元から本人たちにその気がなかっただけで」
ハルさんは苦笑いしながら言うが、お父さんにはそれを無視して時計を見る。
「さあ、夏怜さんに会うという目標を達成できたから、そろそろお暇するよ」
「もう?ゆっくりしてけば良いのに」
「わたしはお前と違って忙しいんだ」
「はいはい」
「晴仁。夏怜さんを大事にするんだぞ。仕事ばかりではわたしのように逃げられてしまう」
「言われなくても」
ハルさんの言葉にお父さんはしっかりとうなずく。それからまた私に会釈すると、来てから大して時間が経っていないのに本当に帰っていった。
とりあえず私は気が抜けて、ふうっと息を吐きながらまた椅子に座った。