ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
◇◆◇


「夏怜ちゃん、まだ怒ってる?」

「別に元から怒ってませんけど?」


 ハルさんのお父さんが帰った後、早めに夕食を済ませた私は、ソファーを占領しながら無言でテレビを見ていた。
 ハルさんはそんな私を見て、ソファーの後ろから気遣わしげに声をかけてきたのだった。

 実際私は別に怒っているわけではない。いや、少し怒ってもいるが、どちらかというと恥ずかしさで押しつぶされそうだった。


「『晴仁さんの隣にいるためなら、どんな努力も惜しまないつもりです』だったっけ」

「ああああだから言わなくていいですよ……!」


 何であんなことを言ってしまったんだ。お父さんに認めてもらうために適当に言った言葉だった……とかならまだしも、本気の思いだっただけにまた恥ずかしい。


「なるほど、機嫌の悪い原因はこっちか」

「誤解を解かなかった方も許すとは言ってませんけど」

「やっぱり怒ってる」

「怒ってません」


 意地でもハルさんの方に振り返らず言っていると、彼はソファーを回り込んで私の隣に来る。二人がけのソファーのど真ん中に私が座り込んでいるせいで、ハルさんは狭いスペースに腰を下ろした。

 彼はテーブルの上のリモコンに手を伸ばし、テレビを消す。


「……見てたんですけどテレビ」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「じゃあCMが始まる前にやってたクイズの答えはABCのうちどれだった?」

「……B」

「残念。正解はそもそもそんなクイズなんてやってませんでした」

「何それずるい」


 はあっとため息をついてうつむくと、ハルさんは両手で私の顔をはさみ、無理やり自分の方に顔を向けさせた。

 まっすぐ見つめてくるその真剣な表情にどきりとしてしまう単純な自分が恨めしい。



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