ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「お邪魔します」
私の決意は結局少しも揺らぐことなく、ハルさんの部屋に到着した。
整然とした彼らしい部屋だ。置かれている家具の系統はリビングのものと大差なく、スタイリッシュな印象を受ける。
「別に面白くないでしょ」
きょろきょろと部屋を見渡す私に、ハルさんは苦笑する。
そして彼は部屋の奥に置かれたベッドに腰を掛け、ぽんぽんと隣を叩いた。
「おいで、夏怜ちゃん」
恐る恐るベッドの方に足を進める。
もう一歩、というところでグイッと手を引かれた。そのままバランスを崩し、ベッドに倒れ込む。彼はそんな私をすかさず組み敷いた。
「お腹すいてない?大丈夫?」
「え?あ……」
いたずらっぽく尋ねられた。一瞬意味がわからなかったが、あの日ホテルで犯した失態のことをからかわれているのだと気づき、顔が熱くなる。
「大丈夫ですよ今日は」
「あはは、なら良し」
彼はいつものように朗らかに笑った。少し和ませてくれたようだ。
そして愛おしそうに私の頬を撫でる。
「緊張してる?」
「……はい」
「僕も」
「本当に?」
「うん、ほら」
ハルさんは私の手を取って、自分の胸に当てた。見た目よりもしっかりした胸板に触れると、確かにどきどきと激しく打つ心音がわかる。
「好きな子に触れるっていうのは、いくつになっても緊張するね」
「ふふ……」
いつもどこか余裕そうにしているハルさんが、私に触れることに緊張しているのか。そう思うと可笑しくて、嬉しくて……。自然と口元が緩んだ。
するとハルさんが、驚いたように目を見開いていた。
「……夏怜ちゃんが笑ってる」
「え?」
「初めて見たかも。笑った顔も可愛い」