ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
着ているスーツは高級そうだし、なんの躊躇いもなく財布から大金取り出すし、こんなカフェにも来慣れてそうだから裕福な人なのだろうとは思っていたけど……“ICHIGAYA”の副社長……。
私はこんな人に安物のビニール傘を渡していたのか。余計なお世話にもほどがあったかもしれない。
「信じてもらえたみたいだね」
「まあ……でもそんな人が、私にいったい何の用ですか?」
当然の疑問である。しかし彼ははぐらかすように答える。
「傘のお礼をと思ってね」
「それなら私の個人情報をそんなに調べる必要はないですよね。そもそも実家のことまでどうやって調べたんですか」
「なに、ちょっとうちの秘書に頼んだんだ。大学と名前が分かったらすぐ調べてくれたよ。その辺の興信所に頼むよりよっぽど仕事が早い」
そりゃ有能な秘書さんがいたものだ。
さらに問い詰めようとしたところで、注文したチーズケーキとダージリンティーが運ばれてきた。
色々と混乱している頭が、芳醇なダージリンの香りで少し落ち着く。一口すすれば、甘みと爽やかさを兼ね備えた風味に驚く。高い紅茶ってこんな味がするんだ。
続けてチーズケーキも食べてみると、こちらはさらに驚いた。しっとりと濃厚なチーズの味が口いっぱいに広がり、舌の上でスっと溶ける。
美味しい。いかにも庶民らしい感想だけど、高そうな味がする。
「美味しい?」
「はい……すごく」
素直に答えると、市ヶ谷さんは満足そうに自分のコーヒーをすすった。
彼から聞かなければならない話はまだたくさん残っているのに、つい夢中になってしまう。
「ねえ夏怜ちゃん。一つ頼みがあるんだけど」