ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
唐突に市ヶ谷さんが言った。
私は今、この美味しい紅茶とケーキに巡り会わせてくれた市ヶ谷さんに心から感謝している。その彼に頼み事などされたら何でも聞き入れてしまいそうだ。
彼は相変わらず無害そうな笑顔を浮かべたまま、はっきりと告げる。
「僕と結婚してくれない?」
なるほど、私への頼み事とは結婚か。法規範で認められた、経済的協力等を伴う持続的な男女の同棲関係。
へえ、結婚。結婚ねえ……。
……。
「……は?」
我ながらずいぶん低い声が出た。さすがにホイホイと聞き入れられない。
冗談のつもりなのか。もしやお金持ちはそういうジョークが好きなのだろうか。
いや、そもそも私の聞き間違い?その可能性が一番高い。
そう判断した私は、軽く咳払いしてからフォークを置く。
「変な聞き間違いをしてしまったみたいです。もう一度お願いします」
「僕と結婚してくれませんか」
「結婚?」
「結婚」
「マリッジ?」
「marriage」
「法規範で認められた、経済的協力等を伴う持続的な男女の同棲関係?」
「法規範で……ごめん辞書的な定義は考えたことなかった」
どうでもいいけどmarriageの発音が無駄に良いな。
でもそうか……聞き間違いじゃなかったのか。
「お断りします」
「やっぱりそうなるか」
「本気じゃないですよね?冗談だとしても何も面白くないですけど」
「本気だよ。めちゃくちゃ本気」
市ヶ谷さんはふうと息を吐いて頬杖をつき、まっすぐ私の顔を見る。
こんな美しい顔に見つめられては、さすがの私も一瞬ぼーっとなる。
「自分で言うのもあれだけど、結構な優良物件だと思んだけどな」
「今日知り合ったばかりの人に突然求婚されて簡単に受け入れる人はいないでしょう。それに私、まだ学生です」