ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


 ギュッと表情を引き締め、私は静かに見つめ返す。見つめ返された市ヶ谷さんが少し嬉しそうだった。


「会ったのは二回目でしょ。さすがに今すぐ入籍して欲しいとまでは言わないよ。言い方を変えると、僕の婚約者になってもらいたいんだ」

「……この前のは知り合ったに数えてません。あと、もう少し順序立てて話してください。以前ちょっとした親切心で傘を渡した人が、困っているところに突然現れ、家賃を払い、高級なカフェに連れてきて求婚。戸惑いしかないです」


 笠地蔵か鶴の恩返しのつもりですか。
 私がそう言うと、市ヶ谷さんはしばらくポカンとした後に笑い出した。


「くく……はははは、さっきから薄々感じてたけど、夏怜ちゃんって面白いね」

「そうですか。その評価は初めてです」

「本当?はは……だめだなぁ、ますます気に入っちゃったよ」


 市ヶ谷さんはひとしきり笑い、それから残っていたコーヒーを飲み干して息をついた。



「そうだね。ちゃんと順番に説明しなくちゃね」

「はい。わかりやすくお願いします」


 私はフォークを持ち、またチーズケーキを食べ始めながらうなずいた。美味しい。


「僕には、ついこの間まで正式な婚約者がいたんだ。昔から知ってる、まあ幼なじみみたいな女性なんだけど」


 市ヶ谷さんは飲み終わってしまったコーヒーのカップを弄びながら話す。

 私に求婚しているものだと思っていたけど、いきなり別の女性の話が出てきた。


「彼女はとある名家のご令嬢で、僕との結婚も親が決めたものだったんだ。僕としても昔からよく知る彼女との結婚は特に不満もなく受け入れてた」

「名家のご令嬢」

「そう、名家のご令嬢。ああいうお嬢様にしては珍しく、不遜なところがない純粋な人だったよ」


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