ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「じゃあ僕と一緒に住もうか」
「……は?」
「婚約者になってくれたらあのマンションに住めるよ。僕と同居って形で」
「帰ります」
私はサッと立ち上がり、バッグを肩に掛けた。
チーズケーキはもう少し残っていたけど諦めよう。
「ちょ、待って待って」
市ヶ谷さんは焦ったような声を上げ、私の手をつかんだ。
「……絶対に嫌?」
「嫌というか……婚約者役とか面倒くさそうですし、私にメリットがあるように思えません。そのマンションにだって別に面倒な思いをしてまで住んでみたいとは思わないので。そもそも同居って何ですか」
「ごく普通の女子大生を婚約者だって言い張るなら、せめて恋人っぽく振る舞わないと周りに信じてもらえないでしょ」
「なら私じゃなくて、もっと簡単に婚約者だと信じてもらえる他の人に頼んでください。さっき言ってた優秀な秘書さんとか」
「……いや、その秘書男だから」
「では同性愛者だから女性には興味ないという話を広めては?秘書さんのことを愛しているんだって言って」
「何故君は頑なに秘書とくっつけようとするのかな?」
何故だろう。最近副社長と秘書の恋愛小説を読んだからだろうか。
市ヶ谷さんに「とりあえずもう一回座ってくれないかな」と言われ、私は渋々腰を下ろした。
「僕だって、もちろん身勝手なことを言っているのはわかってるんだ。だけど、君にもメリットならあるよ」
「……聞きましょう」
「考えてみなよ。夏怜ちゃんは家賃と生活費、そして学費を払うためにいつもアルバイトを掛け持ちして頑張ってるわけでしょ?」
「はい」
「僕と同居したら、まず家賃を払う必要はなくなります。あと食費や光熱費なんかも全部こっち持ち」