ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
市ヶ谷さんは指折り利点を挙げていく。
聞きながら私はゴクリと唾を飲み込む。家賃とその他生活費を払わなくて良い……。それは……惹かれる。
「そうしたらバイト代は学費を払うのだけに使えるでしょ?何なら婚約者になってくれたお礼として学費も払わせてもらったって良い」
頭の中で、彼の婚約者役とやらになることの面倒くささと、そこから得られる利益を天秤にかける。その天秤は、得られる利益の方に勢いよく傾いた。
グッと唇を結び、彼を見た。
「……よろしくお願いします」
「ん?」
「婚約者役、引き受けます」
「え、本当に?」
自分で提案したくせに意表を突かれたような反応をしないでもらいたい。
私が「本当です」としっかりとうなずいたのを見ると、市ヶ谷さんは表情を明るくして、小さくガッツポーズをした。
「良かった!実は君のところの大家さんに『妹はしばらく僕のところに住ませるのでこのアパートは解約します』って言っちゃってたんだよね」
「……はい?ちょっ、勝手に何言ってるんですか?私が断り続けたらどうするつもりだったんです?」
「いや、OKもらえるまで粘るつもりだったから。解約したから帰る場所無いよっていうのも脅し文句にするつもりだったし」
「信じられない……」
「まあまあ。とにかくよろしくね、夏怜ちゃん」
イケメンでお金があれば何でも許されるとでも思っているのだろうか。
どうやら私はあの日、とんでもない人に傘を差し出してしまったらしい。