ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「夏怜ちゃん、今日大学は?」
卵焼きをつまみながらハルさんが聞いた。
「2コマ目からなのでまだ余裕です」
「そっか。僕の秘書に車で送らせようか?」
「毎日のように言ってますけど電車で行くので結構です。あと秘書さんを私的な用事で使うのやめてください」
もともと住んでいたアパートは大学から徒歩ですぐの場所だったけど、このマンションに越してきたことで、大学の最寄り駅までは五駅ほど離れた場所になってしまった。
ハルさんは例の優秀な秘書さんに車で送らせると言うが、あんな高級車で送迎されては目立って仕方ない。お金持ちがたくさん通っているような私立ならまだしも、私の通う青藤大学は庶民的な公立大学だ。
電車を使っての通学は高校生のときに経験済みなので、満員電車だろうが別に抵抗はない。
「それよりハルさんこそゆっくりしてて良いんですか?秘書さん迎えに来ますよ」
のんびり味噌汁をすするハルさんを見て私は言う。
「ん、まだ大丈夫だと思う。少しでも長く夏怜ちゃんと一緒にいたいし」
「そうですか」
「少しでも長く夏怜ちゃんと一緒にいたいし」
「はい。別に二回言わなくても聞こえてます」
「う、うん……もう少し照れるなりしてくれても良いんだよ?結構恥ずかしいこと言ってるのわかってるからスルーはちょっと傷つくな」
「すみません。感情を出すのは苦手らしいので」
「ということは、顔に出てないだけで実際は照れてたりするの?」
「いえ別に」
「別になのか……」
ハルさんは少し残念そうにため息をつく。
まあ、こんな美青年に甘いセリフを吐かれれば私だって少しキュンとしないでもない。だけどこの場合、本当に結婚するわけでもない私に本心でそんなことを言う意味がないとわかっているからか、全部嘘っぽく聞こえる。