ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「ごめん。私今あのアパートに住んでないんだ」
思い切って言うと、案の定長谷は驚いた声を上げる。
「え?引っ越したのか?いつの間に?」
「最近」
「まじかよ。どうして」
「無料で家に住ませてくれるって言ってくれる人がいたから」
「……?シェアハウス的なことか?」
「うん、まあそんなとこ」
「へえ!良かったじゃん。その人ってのは親戚の人とか?」
「いや……実は思いっきり他人。ジュエリーブランドの副社長なんだけど」
美味しそうにパンを頬張っていた長谷の動きがピタリと止まった。
静かに顔を上げ、私の顔をみた。
「……何だって?」
「だからジュエリーブランドの副社長。“ICHIGAYA”って聞いた事ない?」
「いや、宝石とか詳しくねえから……つーかそこじゃなくてだな、えー……」
長谷は何やら頭を抱え、少し考えてから言った。
「男か?その副社長っつーのは」
「うん。三十一歳の男の人」
「っ、お前そんな知り合いいたのかよ」
「知り合ったのは少し前だけど……」
私はこの際だからと、コンビニ前で傘を渡したことから突然アパートに現れたこと、婚約者のふりをして一緒に住むよう言われたことまで全て話した。
話を聞いた長谷は、鬼のような形相で私の両肩につかみかかった。
「お前なあ!前から危なっかしいところがあるとは思ってたけど流石にそれは危なすぎんだろ!!」
「でも良い人だよ」
「今だけそう振舞ってるだけかもしれないだろ?どうすんだよ……ほら……身体目当て、とかだったら」
長谷は少し顔を赤らめてもごもごと言う。見た目に反してピュアな奴だ。
私はそんな彼を横目に二つ目のパンの袋を開けて言う。