ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「今日はもうお仕事終わったんですか?」
「いや、必要な書類を部屋に置きっぱなしだったことに気がついて取りに来たんだ。そしたら夏怜ちゃんが見えたからつい声かけちゃった」
ハルさんはにこやかに言いながら、私の隣に腰を下ろす。
そして長谷の方に目をやり、軽く会釈した。
「そっちの青年は大学のお友達かな?」
「そうで……」
「そう見えるか?」
うなずこうとした私を長谷が遮った。珍しく厳しい表情で、ハルさんをにらみつけている。
ハルさんはきょとんとして、「違った?」と首を傾げた。
「仲の良い友達って感じに見えたんだけど。夏怜ちゃんから友達の話は聞かないけど、ちゃんと仲の良い子がいて安心したよ」
私は友達がいないと思われていたのか。失礼な。……数人はいる。
貼り付けたような笑みを崩さないハルさんと、そんなハルさんを睨みつける長谷の膠着状態がしばらく続く。
それを打ち破るように、ハルさんは私の方へ顔を向けた。
「美味しそうなの食べてるね夏怜ちゃん。一口ちょうだい?」
「あ、はい。どうぞ」
そう答えたのとほぼ同時に、ハルさんは私が手に持っていたクレープをかじった。
彼は唇の端に付いたクリームを自分の指で拭い取って舐める。それだけの仕草なのに、色気が半端じゃない。
「甘くて美味しいね。夏怜ちゃんが好きそうな味だ」
ふっと笑いかけられ、不覚にも少しドキリとした。美形というのはずるい。
ハルさんは私の頭をそっと撫でて立ち上がった。
「じゃあ僕は会社に戻るね。今日はすぐ帰る」
「はい」
「あ、今日はカレーが食べたいな。しっかり煮込んだやつ。お願いしてもいい?」
「もちろんです」