ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


 相変わらず表情を変えずに淡々と言う。
 私もよく無表情などと言われるが、他人からみたらこの人と同じような感じに見えているのだろうか。


「よくわかりませんが、仕事中なので失礼します」

「そうですか。ではまた出直します。直島さんとは、一度ゆっくり話さなければならないことがあるので」


 私はゆっくり後ずさり、逃げるように店内へ戻る。

 窓から男性の方をこっそりと確認すると、彼は深々と一礼して去っていった。


「どうしたの夏怜ちゃん?」


 外を気にしている私に、優羽さんは不思議そうな顔で尋ねる。


「いえ……知らない人に声をかけられて」

「お客さん?」

「違うみたいです。私の名前知ってて、また会いに来るって言われました」

「え!?それヤバいんじゃない?ストーカーとかだったりしない?」


 優羽さんの表情がみるみる不安そうな色に染まっていく。
 私も少し不安を感じていたものの、それ以上に不安がる優羽さんを見て逆に少し落ちついた。


「大丈夫ですよ。ちゃんと名乗ってましたし、身なりは綺麗でした。もしかして私が忘れてるだけで知ってる人なのかも」

「それなら良いけど……でも絶対気をつけた方がいいよ。帰りも一人になるでしょ?タクシーとか呼んだ方が良いんじゃ……」

「大袈裟ですよ」


 そうは言うものの、やはりいくら考えてもあの男性には覚えがない。自分から名乗っていないにもかかわらず知らない人から名前を呼ばれたのは、ハルさんのときと合わせ二回目だ。

 だが、そのまま開店の時間になり、いつも通りに接客をしたりしているうちに、結局私はその男性のことはすっかり頭から消えていた。

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