ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


 彼女は納得できない様子で自分のバッグの中を漁っていたが、やがて腕時計を見てやや焦ったような表情を浮かべた。そして、バッグの中からレースに縁どられた花柄のハンカチを取り出して、傷口に当てた。
 柔らかな触り心地のハンカチ。絶対高いやつだ。血が付いたら落ちにくくなるではないか。


「本当はきちんと手当てをしてあげたいけれど、少し急いでいて。このハンカチは差し上げるからきちんと押さえて」

「え、でもこれ……」

「大丈夫、洗ってからまだ一度も使っていないから清潔よ」


 違う、心配しているのはそこじゃない。こんな高級そうなハンカチを簡単に「差し上げる」なんて……。彼女はハルさんに負けないお金持ちだったりするのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、彼女はニコリと微笑み、バッグを持ち直した。


「それでは失礼しますね。ぶつかってしまって本当にごめんなさい」

「あ、いえ……。こちらこそご丁寧にありがとうございます」


 美人で優しくて多分お金持ちで。そしてすごく笑顔が素敵な女性だった。笑顔を作ることが苦手な私とは対照的だ。

 私は血が付いてしまった高級そうなハンカチを手に、彼女が歩いて行った方をしばらく見つめていた。


◇◆◇


 パプリカやズッキーニを使った色とりどりの野菜のマリネに、白身魚の香草焼き、シンプルなポタージュスープ。家政婦さんが来る日は、おしゃれな料理が食卓に並ぶ。

 私はコップに冷えたお茶を注ぎ、帰ってきたばかりのハルさんを呼んだ。


「夏怜ちゃんも今日はアルバイトの日だったんだよね。お疲れ様」


 ハルさんはスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めながら言った。


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