ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「はい」
「あれ?何か元気ない?」
「え……」
「気のせい?ちょっとそんな気がしたんだけど」
まただ。感情が読めないとばかり言われてきた私の表情を、ハルさんはどうやら読めるらしい。最近それを確信した。
元気がないのは、バイト中に出会った、私のことを知る謎の男性の存在が気にかかっているからだ。だがそれをハルさんに話すべきかは迷っていた。過剰に心配されそうな気がする。
話すかどうかで迷っている間に、彼は食卓へやって来る。そして、何故か椅子に座らず私の後ろで立ち止まった。
不審に思って振り返ると、ハルさんは私の手元を凝視していた。その視線の先には、今日ぶつかったあの儚げな美女からもらったハンカチをがあった。帰ってから血を落とすため急いで洗っておいたのだ。
「どうかしました……」
「このハンカチ、どうしたの?」
食い気味に尋ねるハルさんの顔にはいつものような笑顔はなく、本気で戸惑っているような様子だった。
「夏怜ちゃん、まさか澪に会った?」
「澪?」
「茶色で長い髪の女性。このハンカチは特注品だし、名前の刺繍も入ってる。澪以外が持ってるわけがない」
このハンカチに筆記体で“mio”と刺繍されていたのには私も気づいており、きっとあの女性の名前なのだろうとは思っていた。だが、ハルさんのあまりに動揺した態度に驚いた。
ハルさんが言っているのは、ぶつかったあの女性のことで間違いなさそうだ。
「すぐそこで会った人から、怪我の手当てにともらいました。確かに長い茶髪だったと思います」
「すぐそこ?このマンションのすぐ近くってこと?」
「はい。お知り合いですか?」