ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
◇◆◇


「お帰り夏怜ちゃん。大学とバイトお疲れ様」


 マンションに帰ると、今日はハルさんが既に帰ってきていて、笑顔で私を出迎えた。


「ただいま。早いですねハルさん」

「うん。昨日は僕が帰ってきたのが遅かったし、今朝は夏怜ちゃんが一コマ目からあるからって急いでたでしょ?今夜は一緒に映画でも見ながらゆっくりしたいなって」

「はい……」

「映画何見ようか?あ、とりあえず先にご飯だね」


 嬉しそうに言うハルさんは、まるで本当に私と過ごす時間を楽しんでいるように見える。そんな彼に、昨日あなたの帰りが遅かったのは、元婚約者に会っていたからですか?なんてやはり聞けない。

 食卓に並んだ料理を食べながら、ハルさんはいつも通りの穏やかな微笑を浮かべながら、他愛ない話をする。ただ、長谷のことなんかが引っかかっている私の耳にその話はあまり入ってこなかったし、食べ物の味もよくわからなかった。

 ふと、ハルさんが話を止めて静かになった。

 そして彼はその綺麗な顔を私にぐっと近づけてきて言う。


「夏怜ちゃん、どうしたの?この間から何か変だけど今日はまた一段と変だよ」

「え……」

「ぼんやりしてるっていうか、心ここにあらずって感じ。僕の方全然見ないし」


 そして、冗談めかした口調で聞いてきた。


「どうしたの?長谷くんに告白されでもした?」

「っ……!」


 明らかに動揺してしまった自覚はある。日頃から無表情でわかりにくいと言われる私の表情を正確に読み取ってくるハルさんが、この動揺を見逃すはずがなかった。


「え、まさか図星?」

「その……はい」

「嘘だろ……やってくれたなあいつ……」


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