ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
静かに、まるで子どもに言い聞かせるかのような調子だ。
「ハルさ……」
「だから、夏怜ちゃんが長谷くんと付き合いたいと思うなら、僕は縛り付けるような真似はしない」
「えっ……」
彼が私の言葉を聞かずに一方的に話すのは珍しい。
私はギュッと唇を噛む。聞けなかったあのことが自然と口から出ていた。
「澪さんとよりを戻すからですか?」
「え?」
「昨日の夜、澪さんに会いに行っていたんですよね?」
「待って、何で知ってるの」
驚いたように目を見開く彼に、澪さんと会っていたというのは本当だったのだと悟る。
「本当にそうだったんですね。どういう話があったのか知りませんけど、それで婚約者役の私が必要なくなったんですか?」
「夏怜ちゃん!」
静かに話していたつもりが、少し声が荒くなっていた。お腹の辺りからふつふつと怒りのような感情が湧き上がってくる感じがする。
私はテーブルに手をつき、うつむきながら立ち上がった。
「ごちそうさまでした。少し冷静になりたいので一人にしてください」
「待って夏怜ちゃん」
「お風呂に入ってくるのでついてこないでください」
立ち上がった私を追いかけようとしたハルさんに、私は目を合わせないまま言う。
そして、逃げるように浴室へ駆け込む。鏡には、今にも泣きそうな暗い顔が映っていた。