ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
声のした方を見ると、お世話になっていたアパートの大家さんがいた。
「あ……どうも」
「全然こっちに戻ってこないけど、お兄さんのところが居心地いいかい?」
そういえば、大家さんの中でハルさんは私の兄だという設定になっているんだった。
「その……はい、まあ」
「ふうん。仲の良い兄妹だねえ。あたしにも兄がいるんだけど、本当に仲が悪かったからさ。うらやましいよ」
「いえ、そんな」
「てっきり一週間もすれば嫌気がさして戻ってくるだろうって思ってたからびっくりさ。だけどあれだね。あたしは構わないけど、家賃も払ってるのに空けておくのはもったいなくないかい?」
「え?」
「うん?」
何だろう、少し大家さんの言い方に違和感がある。
「えっと……家賃は払ってないですし、もう解約済みですよね……?」
私がハルさんとの同居を受け入れたとき、彼は『妹はしばらく僕のところに住ませるのでこのアパートは解約します』と大家さんに伝えておいた、と言っていた。絶対に自分の申し出を受けさせるためにあらかじめ逃げ場をなくしておくという酷いやり口だ。
しかし、私の言葉に大家さんはきょとんとした顔をして、笑いだした。
「はっは、何言ってるんだい。お兄さんが来たとき半年分まとめて払っていってくれたじゃないか」
「……え?」
「あんたが飽きるまでの間自分のところに住ませるから、とりあえずいつでも戻れるよう部屋を空けておいてくれって頼まれたよ」
「うそ……」
どういうこと……?ハルさんは嘘をついていた?
いや、でも確かに考えてみれば、アパートを解約するにも一言「解約します!」と言うだけでできるものではないはずだ。色々とややこしい書類は必要になる。その辺りもどうせ誰かにやらせたのだろうと深く考えていなかった。