ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


「私もしかして、ハルさんのこと好きなんじゃないの?」


 長谷が私に対して抱いているというのと同じ種類の感情を、私は市ヶ谷晴仁という男に対して抱いているのではなかろうか。

 相変わらず騒がしい笑い声を発しているテレビの音をぼんやりと聞きながら、私はそんな仮説を立てた。そして、その仮説は胸の内にすとんと馴染んだ感じがした。

 そっか、私はハルさんのことが好きなのか。だから、ハルさんにとって私は澪さんの身代わりで、二人は想い合っているんだと橋岡さんに言われたとき、ショックでたまらなかったんだ。
 「割り切っている」だなんて笑わせる。何一つ割り切れてなんかいない。思えば、仕方なく受け入れているつもりだった恋人らしい振る舞いを、嫌だと感じたことは一度もなかった。

 はあ……と大きくため息をついて小さな机に突っ伏す。

 いつから好きになってしまっていたんだろう。最初に傘を差しだしたときに、綺麗な顔の人だとは思った。だけど一目惚れしたという感じではない。次に会ったときは、いきなり結婚を申し込んでくるし、私のことはしっかり調べられてるしで、何だかめちゃくちゃな人だと思ったぐらいだ。

 やはり一緒に過ごすうち、徐々に……という感じか。


 でもまあ、そんなことはどうでもいい。この感情に気づいてしまった以上、私にはなるべく早くやらなければならないことがある。

 ゆっくりと体を起こし、バッグの奥の方にしまったケータイを取り出した。

 見ると、ハルさんから二回分の着信履歴と『わかった』という短い返信が届いていた。

 とりあえずそれらは見ないふりをして、私は長谷の連絡先を開く。

『会って話したいけど、近いうちに時間とれるときある?』

 そんなメッセージを入力して、ごくりと唾を飲み込みながら送信ボタンを押した。


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