ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
◆◇◆


『今日はアパートの方に泊まるので、そちらには帰りません。私が夕飯作る日なのにすみません。』


 ケータイに夏怜からそんなメッセージが届いているのに気付いた晴仁は、無意識に彼女へ電話を掛けていた。
 何度もコール音が鳴るも繋がらない。続けざまに掛け直し、それでもやはり繋がらないとわかったところで、少し冷静さを取り戻した。

 電話が繋がったとして、何を言うつもりなのか。ため息をついて、『わかった』とメッセージに返信した。

 夏怜はアパートを解約したという適当な話を信じていたようだったが、とうとう嘘だとばれたらしい。


 帰ってきても一人だというのは久しぶりな気がした。マンションの部屋のドアを開け、「ただいま」と言うと、声が暗闇に吸い込まれるように消えていく。

 リビングの電気を付け、どさりとソファーに座り込んだ。あまり食欲がないが、とりあえず先ほどコンビニで買ってきたサンドイッチを開封した。

 ぼんやりしていると、昨日のことが思い出される。

 夏怜が、長谷に告白された。それを知った瞬間、晴仁は反射的に「だめだ、付き合うな」と言いそうになっていた。それをどうにか飲み込み、彼女の意思を尊重するようなことを言ったのは、晴仁なりに精一杯余裕を見せたつもりだった。

 それがまさか、あんな泣きそうな顔をされるとは思わなかった。

 普段ほとんど表情を変えることのない彼女。ちょうど二十歳だが、そのクールな雰囲気でもっと大人びて見える。

 そんな夏怜の表情を変えられた。普段なら非常に嬉しいことだが、さすがにこの時は全く嬉しくなかった。見たいのは、笑った顔なのだ。



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