ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
◇◆◇


 私は基本的に、二つのアルバイトを掛け持ちしている。
 一つは一年のときに雇ってもらって以来ずっとお世話になっている、個人経営の小さなカフェ。もう一つは割の良い短期バイトをその時々で探すといった感じだ。

 生活費と学費の一部は自分で払うと両親に約束しており、悪いがカフェのバイトだけでは賄いきれない。賄いきれないのだが……。


「ええっ、前言ってたバイトだめだったの⁉」

「はい。正直面接したバイトに落ちるなんて話、都市伝説かと思ってました」


 カフェでのアルバイト中。お客さんの途切れたタイミングで、私はこの前面接したバイトは雇ってもらえなかったという話を優羽(ゆう)さんにした。

 この小さなカフェの店長、神田(かんだ)優羽さん。
 私の6つ上の26歳だが、年齢の割に少し幼めの外見で、私とそう変わらないくらいに見える。一度も染めたことがないという髪は黒く艶やかで、地味目ではあるがよく見ると結構な美女だ。
 その証拠に、このカフェの常連客の中にもファンが多い。
 ちなみに既婚者。よく惚気話を聞かされる。


「うーん、都市伝説ってことはないとないけど、何か心当たりはある?履歴書の記入もれが多かったとか」

「いえ。担当の人にも応募過多だったから厳正に審査したと言われて……。今まで落ちたことなかったので油断してました」

「そ、そっかあ……」


 優羽さんはシュンとした様子で俯いて、申し訳なさそうに手を合わせた。


「ごめんね夏怜(かれん)ちゃん。うちでももっとシフトを増やしてあげられると良いんだけど、ここだけの話、結構ギリギリで……」

「わかってます。小さな店ですし、バイトは私だけじゃない。それに忙しい時間以外は優羽さんだけで十分回せますもんね」


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