ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「あのね、この橋岡っていう男こそが、澪と駆け落ちした相手だよ」
「……え?」
一瞬意味がわからず混乱する。
だって橋岡さんは、私をハルさんから引き離して、澪さんとハルさんをくっつけようとしていたはずでは?
私が橋岡さんに、澪さんと駆け落ちしたのは同僚なのかと質問したとき、彼は『あれは、同僚でも何でもございません』と言っていた。それだけ澪さんと駆け落ちした相手のことを恨んでいるのだと解釈していたが、もしかして「それは同僚ではなく自分」という意味もあったのだろうか。
「澪と橋岡は主従関係であると同時に、確かに両想いだった。だけど澪が言うには、せっかく家の柵を断ち切って一緒に逃げてきたのに、最近妙によそよそしいらしい」
「……橋岡さんは、澪さんにはハルさんとよりを戻して欲しいのだと言っていました。澪さんは家に縛られているのが嫌で逃げただけで、好きなのはハルさんなんだって」
「まさか。澪は完全に橋岡に惚れ込んでるよ。すれ違ってる……というか、恐らくは橋岡が色々と勘違いしてるんだね」
ハルさんはそう言ってから、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「幼馴染みで元婚約者なんていう浅からぬ縁がある澪のため、一肌脱いであげようと思ってるんだ」
「何をするつもりですか?」
「橋岡と話をしに行く。で、僕が澪と結婚するつもりは少しもないってはっきり伝えてやる」
そして、私に向って手を合わせて言う。
「夏怜ちゃんにも同席して欲しい。だめかな?」
「もちろん大丈夫です」
私はそう答えてから、恐る恐る聞いた。
「あの、その条件と言ってはなんですけど、今日からまたハルさんの家に戻っても良いですか?」
ハルさんはゆっくり目を見開いて、嬉しそうにうなずく。
「言ったでしょ?迎えに来たって。一緒に帰ろう」