ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
ハルさんは納得したというように表情を和らげた。
「じゃあ、澪が僕のことを好きだと思うのは何で?」
「……笑顔です。澪様は、あなたといるときはいつも笑顔でした。ですが、あの日以来澪様はほとんど笑わなくなりました。やはり、彼女を幸せにできるのは晴仁様しか……」
「これ以上ないほど馬鹿だね」
「は……」
橋岡さんが面食らったように瞬きをした。ハルさんはガシガシと頭をかきながら、諭すような口調で言う。
「橋岡。君はあの日から、何回きちんと時間を取って澪と話した?」
「……」
「何のあてもなく本家を出て、それでもどうにか生活するため二人とも働きに出る毎日。それぞれ伝手はあるから仕事は簡単に見つかったらしいけど、そう賃金の高い仕事でもないから長い時間働かなきゃならない。で、毎日疲弊しきってまともに話してない。でしょ?」
「はい」
「君はあれ以来一度も澪に好きだとかいう言葉を言っていないんだってね。そりゃあ色々不安になって笑顔もなくなるってもんでしょ」
「あ……」
橋岡さんは小さく声を上げてうつむいた。
「僕が前澪に会ったことは知ってるんだよね。夏怜ちゃんにわざわざ伝えたぐらいだから」
「ええ。澪様が嬉しそうにおっしゃっていましたので」
「澪は君の話しかしていなかったよ。元婚約者であり幼馴染みの僕に久しぶりに会ったっていうのに、恋愛相談しかしないんだから参ったよ」
本気で呆れたようにハルさんはため息をついた。
ちょうどその時だった。
「だって、こんな話できるの晴仁くんしかいなかったんだもの。一人で悩んでいるだけだったから、話を聞いてもらえるのが嬉しくて」
「み、澪様……!」